three | ナノ






新作カクテルのレシピを忘れないように青のボールペンで紙に書いていると、カラン、と鐘の音がなる。扉が開いて店に入ってきた真っ黒な男は、そのまま迷わず隅のカウンター席に座った。

「珍しいお客様ね。」

閉店した店内は誰もいない。closeの札も下げたのに鍵をかけなかったのは、彼がくると思ったからだ。彼はこちらをちらっと見て「強いものを」と呟いた。

毎年のことだ。今日のこの日だけ、彼は私の店に訪れる。10月31日、もう何年も。

「こんなところに来ていいのかしら、先生。」

「我輩はお前の先生ではない。」

そんな仏頂面で言わないでよ、と笑いながらグラスを置く。ライムの香りがふわりと広がって、セブルスは思わずグラスを覗き込んだ。氷の隙間にある輪切りのライムが涼やかだ。

「モスコー・ミュールよ、綺麗でしょう?」

飲みやすいと思うわ、と言うと彼は少量口に含んだ。味が好みだったらしく、顔が緩むのが分かる。

セブルスはこの日以外お酒を飲まない。きっと今日は酔ってしまって帰れないだろうから、奥の休憩室を片付けてある。こう、用意周到な自分に呆れ半分、彼と会えるのは一度だけだからと甘やかす。案の定、もうグラスの酒は少ししか残っておらず、頬を赤くした彼は酔っているようだ。

「我輩が毎年ここにくる理由を、知っているだろう?」

知っているとも知らないとも言えず、私は苦笑いを返した。第一、マグルの世界に彼がいること事態、おかしな話なのだ。彼は真っ黒なスーツにこれまた真っ黒なシャツを着て、彼女と自分が生まれたこの地を訪れる。そして、人知れず静かに涙を流すのだ。それを知っているのは、幼なじみである私だけ。

「リリーにもう一度会えたら、素直に謝りたいのに。」

「まだ言えなかったことがあるのに。」

「なぜポッターなどに奪われなければならんのだ。」

愚直をこぼし、酒をのみ、今日だけはと感情に溺れる。幼い頃からリリーのことも、セブルスのことも知っているが、どうしてこうもうまくいかないのだろう。私が好きな人は、もういない人を好いていて、その思いは生涯消えることはないのだ。私の思いも、消えることはないのに。

次々とお酒を要求するセブルスに、最初は強いものを入れるが、後半はほとんど炭酸だ。アルコールなど一切入っていないのに、彼はそれを酒だと思って飲んでいる。こんなに溺れて、愛されているのに、なぜリリーはこの思いに応えなかったのだろう。セブルスがリリーと結ばれれば、私もきっと、諦めることが出来るのに。

真っ赤な顔をしながら、ぐちぐちと呟いていたセブルスが急に立ち上がり、ぐいっと顔を寄せた。

「聞いているのか、なまえ。」

近い。酒臭い息と上気した顔がが妙に色っぽく私を誘う。

「聞いてる。大丈夫、今日は気がすむまで話していいわよ。」

肩を軽くつかんで席に座らせる。アップになった顔のいたるところに小さな皺があり、私たちはこんなにも歳をとってしまったのかと思った。何事もないかのように話を続ける彼と、平静を装いグラスをマドラーでかき混ぜる私の雑談は空が白むまで続く。



「全く…毎年こんなになるまで飲まなくてもいいじゃない…。」

大きな体を揺すって無理矢理起こし、休憩室まで運んで布団に寝かせる。肩を貸した時に息が首筋にかかって不覚にもドキドキした。いい歳してなにを考えているのか。

ジャケットを脱がせてネクタイを緩め、ボタンを少しだけ開ける。水を一杯だけ飲ませて寝かせれば、あっという間に夢の世界に行ってしまった。涙のあとが頬に残っている。


「笑ってよ、セブルス。」

リリーなんて忘れてしまえばいいのに。彼女なんて今頃天国でジェームズと幸せに暮らしてるわよ。あなたが想うだけで彼女には届かないのに。小さな頃より笑わなくなり、眉間に皺がよって、歳と共に頬が垂れてきても、私はあなたが好きなのに。私の想いもあなたには届かない。毎年のようにあなたの知らない涙ばかりが溜まっていくのだ。