あの時、兄さんはこう言った。「謝らないで。気にしないで。京介は好きなサッカーを続けるんだよ。」
俺はあの日のことが忘れられない。あの時の兄さんの優しく、だけどどこか寂しさの混じったあの表情が忘れられない。 俺がフィフスセクター側の人間になった、つまりシードになった理由は、兄さんの為だ。でも、兄さんは喜んではくれなかった。その理由がわからない。俺のせいで兄さんはサッカーを失ったんだ。その責任をとるのは当たり前だろう。
だから俺は、サッカーを潰す。兄さんの為なら覚悟はできている。あの時以来の胸の奥の痛みに比べたら、ましてやサッカーを失った兄さんの苦しみに比べたらこれから待ち受ける痛みなんてどうってことない。
「京介…。」
「兄さん、待ってて。俺が必ず兄さんを…」
「もう、いいんだ。」
「え…?」
どういうことだよ、兄さん。俺は兄さんの為なら覚悟はできているのに。
「俺はね、サッカーが出来ないことより、京介が自分のサッカーを楽しめなくなることの方が辛いんだよ。だから、もう大丈夫。ありがとう、京介。」
「なんで…なんでなんだよ…。」
俺は今まで、すべて、すべて兄さんの為にやってきたというのに。
「俺は、兄さんともう一度サッカーやりてえんだよ!なのに…なのになんで兄さんが諦めるんだよ…!」
俺は涙を堪えながら必死に訴えた。
「京介、ごめん。」
「謝んなよ…」
「……。聞いてほしいんだ。実は、兄さんはもう長くないらしいんだよ。」
「……………。」
「だから、せめて、京介が笑ってサッカーしてるところを一秒でも多く見ていたいんだ。」
兄さんは、馬鹿だ。俺のせいでこうなったのに、それどころか、自分の命が尽きようとしているのに、どこまでも俺のことを一番に考えてくれて。それなのに、俺は。 兄さんの為だって言い訳をして、本当はただの自己満足だったのかもしれない。
「もう、無理して頑張らなくていいんだよ、京介。」
「……兄さん、ありがとう。」
そして、ごめんなさい。
さあ、共に生きよう。
そして、手を繋ぎながら、共に眠りにつこう。
-end-