ゆらゆらとだらしなく揺れる帯。それに気付いて呼び止める。

「おい」
「ん?、」

ごつん。

「返事は「はい」だ。ちゃんとした返事をしろ」
「………あい」

ごつごつとした拳が軽めに彼女の頭を叩いた。ご要望通りの返事をしつつも、夕陽の平らだった眉間に山ができている。

「後ろを向け」
「あい」

よく見て見れば、藤色の帯が乱れているだけではなく、ちらほらと木屑や葉っぱが付いていた。そうなると勿論それらは着物にも同じように付いている。着物は乳白色で、近くでみればそれにまばらに散らばる茶色や緑。

「何をしていた」
「……べつになにも。」

ごつん。

「「なにも、していません。」と言え」
「…………なにも、して、いません」

「では何故こんなに汚れている」
「さっきちょうちょいたから、ぎょーぶにあげようとおも、って、あ、違う。あ、違います。ぎょーぶさまに、あげようと思って、追ってた。ました。」

途中、握られた拳がチラリと見えたので咄嗟に訂正しながらたどたどしく話した。

ごつん。

今度はなにがいけなかったのか分からない様子で、夕陽は目を潤ませた。そのまま彼を見つめた。
彼はその視線を無視して、するすると帯をほどいていった。

「ほどくの?…ですか?」
「着替えろ」
「…?」
「着替えろと言っている」
「あ、あい」

帯が抜き取られため、夕陽は降りてきた裾を引き摺りながら与えられた部屋へとふらふら戻っていった。
彼は握っている帯を見つめて、スパアンと鞭打つようにして葉や木屑を払った。
それでもしぶとく残ってしまったものを縁側に腰掛けながら手でとっていく。
地味な作業に存外時間を掛けていれば、先程と同じような色の着物へと変えてきた夕陽が戻ってきた。
裾は引きずっている。帯をしていないからだった。
何も言わずに、何でもないことのように、夕陽は三成の隣にちょこんと腰掛けた。
三成は無言のままに帯の葉を取り続けた。

「さっきなんで叩いた、んです?」
「か、まで入れろ。気づかないのか」
「叩いたんですか」
「…わからないならもういい。」

そういいつつも、彼の眉間は皺だらけだった。
そしてそのまま夕陽へ向き直った。

「立て」

言われた通り夕陽は立ち上がる。

「両手を上げろ」

夕陽が両手をあげたことを確認して、三成は夕陽を抱き締めるような形になりながら帯を巻いていった。

「女なら、はしたない真似はするな」
「…?…あい」

疑問符が浮かんでいるその返事に、三成は最早拳骨するよりさきに呆れが浮かび、帯をきつめに締めた。

「う"っ?!」

それだけして、三成は立ち上がり自室へと執務をこなすため向かう。
締め付けられたお腹を撫でていた夕陽だったが、その後ろ姿に声を投げかける。

「みつなりさま!」
「何だ」
「ありがと!……ござました!」

特に何も返事をしないまま、その場を後にした三成だが、その口端が緩やかに上がっていたことは誰も知らないのである。



あなたが
あまりに
やさしいから




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