新しい朝だった。清々しい朝だった。雀がないていて、庭にある池の水面がきらきら光る。まるで絵画のような光景に夕陽は目を細めていた。

「おはよう夕陽ちゃん」

びくん、と肩が跳ねた夕陽に佐助は気付いて微笑みを浮かべた。

「よく眠れた?」

その問いに夕陽は佐助の機嫌を伺うように小さく頷いた。佐助はよかった、と一言呟いて夕陽を手招ねいた。首を傾げながらゆっくりと短い足で夕陽は佐助に近寄った。

「これ、夕陽ちゃんのね」

手渡そうとしたのは淡い朱の着物だった。首をより傾げた。

「あさちゃんのじゃないの?」
「あさちゃん?誰か分からないけど、とりあえずこれは夕陽ちゃんが今から着る物。」

知らぬ名前が出て、佐助はあとでそっちも調べようと思った。夕陽は今だに納得できないのか、なめらかな顔の眉間に少し皺が寄る。

「夕陽、着れない」
「大丈夫大丈夫。女中さんが着せてくれるよ」
「ちがくて、夕陽はきっと、それ着ちゃだめだ。夕陽のじゃない」

ちがう、ちがう。だめ、だめ。と首を左右に振る夕陽に佐助顔をしかめた。遠慮とは違う。どちらかと言えば拒絶に近い。そしてその拒絶からは少しの畏怖の念が感じとれた。

「どうして駄目なのか、俺様に教えて貰って良い?」

忍らしからぬ声色だった。色の任務の時にだってこんな甘ったるい声は出さない。それが夕陽の前では自然に出てしまう事に佐助は少し頭を痛くした。

「お、怒られちゃう」
「誰に?」
「…だれだろう」
「えー…」

まさかの返答に苦笑しか浮かばない。しかも誰かも分からない誰かに本気で怒られると思っているらしく未だに夕陽は着物を手に取ろうとしない。目さえこちらに向かなくなった。

「よしっ」
「…?」
「もし怒られた時、俺様も一緒に居てあげちゃう!」
「さすけが?」
「そ。一緒に怒られるし、一緒に謝ってあげる!それなら怖くないでしょ」
「ん、んーー。わかった」

ぱっとその場の空気を柔らかくする様な笑顔にこちらもつられて笑った。自分を忍扱いしない弁丸様だった頃の主を少し重ねた。

「じゃあ女中さんを、」
「…さすけ行っちゃうの?」
「うん、ごめんね夕陽ちゃん。俺様も忙しいっていうか」
「…、わかっ た」

その寂しそうな顔は反則的だ。寂し気で諦めたようなその慎ましやかな様。
このまま大人になればきっと夕陽は、いやでも魔性の女だろう。しかもそれが素でできるところが更にその業に磨きがかかっている。

「謹んでやらせて頂きます」

佐助が折れ、夕陽はいいの?という風にして笑った。


晴天
(おはよう)


***
110219

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