兄さん


叫んだ声は届いている筈なのに背を向けている人物はこちらを見もせずに遠ざかって行く。

追おうとしても先程彼と戦い、床に這っている状態でとても歩けやしない。

兄さん

兄さん

何度も何度も叫んで呼んでも彼は振り返ってはくれない。

床に雫が落ちる。
赤色も混ざっていたが、その色は透明がほとんど。

兄さん
兄さん
兄さん

何度も何度も彼を求めるが彼の姿はもう見えなくなってしまった。


置いていくくらいなら、いっそ……


「キサラギ少佐ではありませんか?」

一瞬言葉を失う。
どうしてここにいるのかが理解出来ずに声の主へ視線を向ける。

「あらら、酷い傷ですね。手加減とかしてくれないんですか?」

「何の用だ、大尉。」

「そりゃあ少佐が急に姿を消されたので、捜しに来たんですよ。」

飄々とした態度。それが気に食わないが血が止まること無く流れてる今の状況では、捜しに来たというのは都合が良かった。

大尉が倒れている自分の身体を起こす。多少傷が痛んだがそんなことよりも消えた彼を追いたくて、だが身体は言うことをきかなくて、視線だけが彼の向かった方向へいく。

そんな自分を大尉に抱き寄せられ耳元で

「私にしませんか、少佐」

とだけつぶやく。
その声はいつもの余裕ぶった雰囲気など無く、聞いたことも無いような真剣な声で


しばらく無言が続く。
いや、すごく短い時間でしか無いのかも知れない。

その間、大尉の腕の中で大人しくしていた。
大尉の腕の中は優しい。

本当に大尉にすれば良かったのかも。

そんなことを心の中で呟くが、やっぱり自分はあの兄で無いと駄目なのだと思う。


でも、もう少しだけ、この腕の中で休ませてください。


大尉の頬から雫が一滴落ちる音が聞こえた。





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