「ブラック!」

背後から花が咲いたような明るい声が響いた。
次にかけられたその言葉に僕の隣のこいつの肩が震えるのがわかる。

「あ!Nも一緒だ!」

びくり。なんて大袈裟な。
そう言って駆け寄ってきたのは幼なじみのベルだ。小走りで歩みよる彼女の足元は危なっかしくて、今にも転んでしまいそうである。

「ベル。また転ぶよ」

後ろから少し遅れて来たのは旅の途中に親しくなったホワイト。僕らと同い年なのに少し大人びた彼女は勝ち気な笑い方でベルに忠告する。
帽子を押さえながら頬を膨らますベルとその頭を優しく撫でるホワイトは一見すると姉妹のようで微笑ましい。
和やかな雰囲気なのは僕を含めた3人だけのようでNは明らかに身体を強ばらせていた。
ベルの世間話やホワイトのバトル武勇伝がするりと耳を通り抜ける。目の前は色とりどりの世界なのにNだけが灰色になってそこにいた。

(…こいつはまた…)

僕は2人に相槌を打ちつつ心中でため息を零す。
ベルやホワイト、もちろんチェレンにも後ろめたいのはわかる。何よりこいつの生い立ちがそうさせているのも痛いほど知っている。他人が嫌いで付き合い方が分からない。踏み出したいのに踏み出せない。知っているからこそ、Nには少しでも進んでほしいのだ。
けれどNは小さく後ずさりをする。まだなのかな。僕が背中を押さなきゃなのかな。

「ちょっとN!聞いてる!?」

その声にNだけではなく僕も面食らう。
僕が口を開けるより早く、行動したのは僕よりNの事をしらない彼女たちだった。
ベルは子供っぽい膨れっ面を作ってNに詰め寄っていた。

「あのねっ最近この子が元気ないんだけど…」

ベルはボールをひとつ取り出してNに見せる。Nは息を飲んで少し仰け反る。
あのねあのねと矢継ぎ早に、けれどベル自身も少し照れくさそうに笑った。

「Nならポケモンの事詳しいでしょ?だからね…私は頭も良くないし、わかんないこといっぱいあるからね。なんていうか、Nと色々お話したいなって思ってたの」

Nは明らかに戸惑っていた。ある面あんなに饒舌な彼なのに、言葉を失った様だった。未だただ立ち竦む。
また僕より早く、今度は強い目を持った彼女が近付いて笑う。

「あのさ、正直アンタが気まずいのもわかるよ。色々あったしね。アタシはアンタの事詳しく知らないし詮索する気もないけどさ、アンタポケモン好きじゃん。それってさ、もうアタシら友達になれるって事じゃんね?」

にかっと笑った彼女の表情には有無を言わせぬ強さがあった。
ベルが恥ずかしそうに笑う。ホワイトが強く微笑む。
なんだこいつらは。思わず頬が緩んだ。僕は心臓が熱くて痒くなる。おいN。みんな分かってるぞ。決めるのは僕でも誰でもない、N自身だ。
僕はよし!と大きく意気込んで、ビクつく奴の正面を向いて叫んだ。

「僕はブラック。よろしく!」

Nに向かって右手を差し出す。Nは目をぱちくりさせている。
そういえばちゃんと挨拶してなかったんだよね。コレって基本だよ基本。

「アタシはホワイト」
「わたしはベル!」

続けて2人が嬉しそうに右手を差し出す。
Nは散々あたふたしてきょろきょろして仕舞いには帽子を目深に下げてしまって、がっちがちな深呼吸を零してそれでも彼の中で意を決した様で、高い背中を情けなく丸めて小さく右手を差し出した。

「…僕は、N…」

よろしくの声が小さすぎてかなりおかしかった。
少しNの肩から強張りが解れている。僕の顔も自然と綻ぶ。ベルもホワイトも満面に笑ったのがわかった。

「よぉし!近いことだし、カノコでのんびりしよっか!」

ベルが大きく伸びをして、そう言って駆け出した。また転びそうな足取りで。懲りないなぁとホワイトが笑って後を追う。僕はNの手をひく。

「行こう」

Nは帽子の深さはそのままに促されるまま僕と駆け出した。
何か言いたげだったけど声が詰まって出ないのだろう。ちらっと見えたけど、女の子にそんな泣きそうな顔なんて見られたくないよね。暫くそうしてたら良いさ。
そうだ帰ったらチェレンも呼ぼう。アイツはなんて言うかな、ひねくれたアイツは文句ばっかり垂れるかもしれない。でも何だかんだ言いつつもアイツもNを許すだろう。一番素直じゃないから骨が折れるかもしれないな。そんな事を考えるとちょっと笑ってしまった。

僕は温かい手をひいて温かいふるさとに、新しい友達を迎え入れる。




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