何がどうって訳じゃない。不安虚無喪失苛立ち、などのマイナスな精神であるのは確かである。ただよくよく考えてみるとそれらはぴたりと合う訳でなく整然とした文字の羅列に過ぎない訳であり居ても立っても居られず手にはじとりと汗が滲む。喉が乾いた。視界がぼやけた。心は沈んだ。俺は何がしたい。

「抱きしめてあげようか」

鼓膜が震える。意味は届かない。行方知れずになった俺の心の正しい部分は今帰路を探している。どうして旅にでてしまったのだ。行くも帰るも知らぬのに。どちらに行けば、わからない。だきしめる?

「馬鹿言え」

するりと出たのはいつもの虚勢だった。そう言ったのは自分で、先刻の言葉は幼なじみの。ぼんやり現状を認識し始める。互いに服が乱れている。俺のベルトは緩みに緩んでいて腰骨の辺りに鬱血が見える。何か途中だったというか最中だったというか。そう思い出してはみるが再開する気配はない。腹がへった。今は何時だ。ぐるり首を回して時計を探す、の途中。赤い瞳が自分を見ていた。それも近距離。意外と睫毛長いんだ。まばたきしたら俺のとぶつかって絡まるかもしれない。痛そうで嫌だ。ちゅっと水音をたてて触れたそれはキス。緩く微笑んだお前の表情がちょっと恥ずかしいじゃないか。長い指が伸びて俺の頬を撫でる。もう片方は指同士が絡まる。小さく呟かれた「すき」という言葉。それは俺の脳みそに閃光を走らせたのだ。ぱちりとまばたきひとつ。そっかこっちか。

「抱きしめてください」

そう嗤うレッドに俺もにやつく。いつもの虚勢を懲りずに添えてしゃあないなぁと腕に閉じ込める。
そんなよくある、おかえりとただいまとお前の体温に俺は目をつぶる。




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