あまりの雨音に目を覚ました。
先ほどまで音もなくしとしとと地を濡らしていたそれは今は乱暴に窓を叩きつけている。先ほど?外も室内も暗くて今が朝なのか昼なのか夜なのか何時なのかわからない。時計を探す。暗くて駄目だ。一体どれくらい眠っていたのだろう。
まぶたを薄く開いて頭を軽く振る。伸びをしつつけだるく手を伸ばす、と、手探りの中で生温かいものに触れた。慣れてきた目を数回瞬かせるとぼんやり輪郭をとらえる。

「グリーン」

幼なじみが眠っていた。真横に眼前にこんなに近くに。
そういえばと思いを巡らせる。ここは自分の家で母は遠くの友人の所に遊びにいくだか数日前から居なくって同時に彼を呼んで、

「発情期か」

僕は一人で失笑する。
そうそう最初はテレビを見たりゲームをしたりお互いの近況や最近のバトルとか語ったり寝っ転がったりいつも通りの時間を過ごして居たのだけど、そのうちひとつキスをしたら馬鹿みたいに絡み合って、
何時間何回そして今日は何日目?発情期のネコか僕らは。
僕は小さく彼に呼びかけるが彼は起きる気配もなくぐっすりと眠っていた。無理をさせたかなとふと思うが僕の記憶が正しければ彼の方が随分と求めてきたと思う。
従順に涙目で名前を呼んで、掠れた声で喘いで、見つめて、
思い出しつつ思わずにやけた。春だな。僕もお前もどちらもまさしく。

彼を起こすまいと小さく身じろいで机の上のリモコンに手を伸ばす。僕らはリビングのソファで眠っていたものだからそれはもう狭いったらない。そうだ確かここでエッチしたまま眠ったんだっけ、何回も。非常に母に謝りたい気分である。
『電源』の赤いボタンを押すがテレビは反応しない。主電源で消すなんて面倒なことはしない筈だけど。

「停電だってよ」

自分以外の声に驚いて振り返ると暗闇の中に深い緑が瞬きした。失敗。矢張り起こしてしまったか。

「停電?」
「台風来てんだって」

グリーンは大きなあくびをかみ殺しつつそう言う。なる程テレビがつかない訳だ。このうるさい程の雨もそのせいか。
全てに納得した僕はリモコンを放ってもう一度バタリとソファに崩れ込む。グリーンを押し倒すかたちで。そのまま彼にキスをする。くちゅっと舌を絡めるとくぐもった声の中で軽く舌を噛まれた。これは彼の静止を促す癖。じゅっと音をたてて唾液を吸って、僕は渋々顔を離す。

「なに」「もうしねぇぞ」
「ふーん」「話聞けよ!服捲んな!」
「つまんない」
「うるせー」
「やることない」
「だまれ」
「そういえばジムは?」
「一週間は閉鎖。台風対策補強済。つーか台風来るの知らねぇのお前くらいだから」

そうなのか。
あまりテレビも見ないし今や人々の情報源であるポケギアは3日程充電してない気がするし天気悪いなーとは思ったりはしてたんだけど、何より母さんが気をつけろと言っていたのをうっすら思い出した。

「明日にはジム見に行く」

グリーンがそう言いつつ窓を見る。僕もつられて首を動かす。
相変わらず雨と窓が攻防していた。風も強いのだろう霞む中に見える木々が一定方向にひん曲がって押されている。聴覚が雨音か風音かノイズのようなもので埋め尽くされる。いつもと違う感覚。生活圏内の見知ったこの場所が全く知らない世界に感じて、

「ガキの頃さあ」

グリーンが間延びした声でそう言って僕の意識は呼び戻された。ただグリーンの顔は窓を見たままだ。

「すっげぇデカい台風来たの覚えてる?」

そう言われて再度つられて外を眺める。思い出したのはまだ旅にも出てない頃の、グリーンがあまりに生意気で高飛車ででも相変わらず一緒に遊んでた僕ら。

「外に飛び出した?」

僕がそう言うと、そうそうとグリーンは満足そうに笑う。

「俺が外出たらお前も外居んの。あれ超笑えた!」

台風なんて珍しくて荒々しくて非現実なもの子供心にかなり魅力的で、僕は母の目を盗んで家を飛び出した。雨風に曝されて傘でもさしたらもしかしたら飛べるんじゃないかって期待に馬鹿みたく走り回ったりして。そこに加わった幼なじみとイケナイ事をしてるという清々しい背徳感に笑い合って。

「ぜんぶなくなれー!とか?」
「とんでけー!とかね」

その時のセリフを反芻して僕とグリーンはまた笑った。ちっぽけな記憶でも案外覚えているものだ。そうして僕は母に、グリーンは姉にゲンコツを食らって家に収容されたのであった。

「馬鹿だなぁ俺ら」

グリーンはまだ外を見ていた。
僕も何故か目が離せなかった。
ねえ、
と小さく零した僕の声にグリーンは、ん?と声だけで返す。

「このまま全部吹き飛べとか、まだ思う?」

暗闇の中の深緑、彼の瞳が久しく僕をとらえる。ゆるく瞬く双眼。それはもう決して子供の目ではない。グリーンが小さく首を振ると僕の中に安堵と寂しさと数種の感情がぐるりと巡って、

「大事なものとかさ、守りたいものが沢山ある」

僕は肯定とも否定とも取れぬ気持ちを飲み込んで。小さく頷いた。慣れない空間は不思議な感情を生むもので、僕は強く彼を抱き締める。顔は見えないけれど「いてぇ」と笑いを含む彼の声にはにかんだ様な困った様な表情を想像して愛おしさが増す。
夕飯時の母の呼び声が別れを告げる合図なら今はこのうるさい雨と風が止むまでは時間を忘れて昔みたいに。なんて、少しばかり感傷的過ぎただろうか。珍しく彼から軽くキスをされて、それこそ珍しく彼のハの字に下がった眉と苦笑いを見届けて、そうか、と。互いの気持ちが通っていたことに僕らは額をぶつけて笑い合う。

「なにするよ?」
「ゲーム?」
「やり飽きた」
「外出る?」
「ばか、うける」
「キスする?」
「ばーか」

相変わらずノイズは部屋中に立ち込めて聴覚を余す所なく支配していた。電気はいつ回復するのだろう。ボールの中の相棒に頼んだ方が早かったりして。まあ慣れてくるとそれほど面倒な事もない。テレビ、時計、それらをふと思い出す。そうだ今は何時何分そして何日目?当初の目的をすっかり忘れていた。でも手の平に頬に唇に、グリーンの体温を感じている今それらは知ったところで無意味なのだろうなとぼんやりとした確信に浸る。僕らはそれはもう悪そうにイタズラを犯した子供の様に天候に反してからりと笑っては互いの名前を呼び合って、雨と風を見送る。




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