「ばかだろ」

僕は思わずそう言った。目の前の人間に向かって。頭に薄らと雪を積もらせた人間に向かって。腕を組んでカタカタと小さくその身を震わす人間に向かって。鼻をすするマフラーに口元を埋める指先を赤く染める僕を睨みつける。

「お前が今日戻るって言ったんだろ」

僅かに声を震わす。
続いて出たばかやろうという罵倒すら弱々しい人間に向かって。

「ばかだね」

つまるところ僕を待っていてくれたグリーンに向かって僕は二回目のばかを言った。
確かに数日前から登っていたシロガネを降りるとは今朝方伝えた。あまりに天候が悪かった。吹雪も酷かった。グリーンに持たされた僕にとっては時計代わりのポケギアも電波が非常に悪くそれこそ電話としての機能を成していなかった。途切れ途切れに伝えた言葉は途中で切れて、下山にもまぁいつもの倍くらいかかって、やっと抜けて、山頂とは打って変わったきれいな橙色の夕日とそれを反射しながらちらちらと舞う雪と横を見れば見知った幼なじみの膨れっ面が。

「ばかだねえ」

二度あることは三度ある。僕は繰り返しそれを言う。膨れっ面の頭に手を伸ばして雪をはらって、
うっせぇよと犬みたいにふるはると首を降って小さく舌打ちをしてグリーンは顔を歪めるのに、握られたこの手はなんなんだろう。

「帰っぞ、ばか」

そう言って踵を返すグリーン。僕は少しよろめいて引きずられる。風を切る頬は寒さに負けて真っ赤でちらりと見えた耳も同じで、握られた手の伝わる温度は時間の経過を顕著に表していて、

「本当にばか」

僕がまたもや零した繰り返す暴言。グリーンは睨みをきかせて振り返るが僕の顔を見るとその顔色を変える。僕はこの時自分がどんな顔をしてどんな意味を孕ませて「ばか」と口にしたか知りもしない。けど。

「ばかって言った方がばかなんだぜ」

不敵ににやりと笑うグリーンは非常に満足そうだった。
じゃあお前もばかじゃん。
でも最初からばかばか言う僕もばかなのか。
グリーンが空を仰いで「ばぁーか」と大きく口にする。それはもう僕が好きなその笑顔で。




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