(達海)


真っ白の部屋。
病室ってなんでこう、なんもないんだろう。もっとさ、赤とか緑とか明るくすればいいのにね。落ち着かなさそうだけど。


やることもないから、ひま。
だからぼんやりと思い出す。





久々の大きな舞台に気持ちが高まっていた。最後の一音を弾き終えた瞬間に訪れる一瞬の静けさと次に沸き上がる拍手、歓声は何度経験しても自分を興奮させる。受け取った花束を抱え、帰宅すべくタクシーに乗り込んだ。自宅へ向かう中、窓の外へ視線を移す。街のネオンの下を歩く見ず知らずの人に対してだってこの興奮を分けてやりたいくらい、言い様のない気持ちの高まり。楽しかったなぁ。小さな喫茶店で自由に曲を弾くことも好きだけれどやはり大きな舞台上で沢山の観客の中、弾くのは格別だった。
夢のような時間が消えたのはその帰り道。巻き込まれた交通事故。
もやもやとした思考を戻すが如く、不意にガチャリと開いた扉に視線を向けた。




「後藤、どうしたの?」


後藤が立っていた。心配。そんな表情で。


後藤は近づき俺の手に巻かれた包帯に気がつくと顔をしかめた。視線の先に気がついたからもう片方の手でそっと隠す。


「ちょっと、やっちゃった」
「やっちゃったって、ピアノへの影響はっ!」


思わず出された大きな声にビックリして後藤を見上げた。罰の悪そうな顔を一瞬だけ見せて、ごめんと謝られた。


「大丈夫。すぐ治るって」
「…………そうか」
「心配すんなって、な!」


後藤は少しだけ、安堵したように表情を和らげた。
暫く他愛ない会話をして、後藤が傍にあった椅子から立ち上がる。



「退院はいつだ?」
「次の金曜。もうすぐだから」
「そうか。それじゃあその日、また来るよ」
「うん、その後飯食いに連れてって」
「はいはい」



俺に甘い男が病室から姿を消してから俺はため息をついた。
そして、心の中で謝る。



ごめんな、後藤。
退院日、ホントは木曜日。
きっとお前がココに来た頃には、

―――俺、日本にいないかも。



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