(吉田)


ピアノ、バイオリン。共に幼い頃から強制的にやらされていた。才能がないなら両親も早々諦めていたかもしれない。しかし幸か不幸か、器用にやってしまう僕は、音楽好きな両親の期待を背負っていた。嫌い、というほどではなかった。ただ夢中になるような性格ではない。弾ければやはり楽しいけれど、飽きてしまうのも事実。音楽に対してあやふやな態度をとっていたそんなある日、自分が音楽に真剣に向き合うきっかけに出逢った。父親に連れられて出掛けた演奏会。会場はいつも連れられるホールより幾分か狭かった気がする。入り口で貰ったパンフレットを開いてみても自分が知っている名前は載っていなかった。まだ無名のピアニストの演奏なんて聴きに来たってしょうがないじゃない。子どもながらにそう思って質素な椅子に気だるく体を預けた。堅い司会者の紹介の後、なんだか弛い雰囲気を醸し出して登場した彼にどことなく興味が湧いた。鍵盤にスッと置かれた指。この瞬間は、何度経験してもゾクッとする。今から奏でられる音色に期待を抱くのだ。
拍手のなりやまないホールの中、ふわふわと宙を舞うような軽い体と胸に響いた重厚な音はなんともミスマッチ。音楽って、こういうことなのか、と。今まで見てきた視点からグルリと角度が変わった。音楽というものの違う一面を初めて見た。


「お願いがあるんだけど…――ー」

両親は僕の我が儘を多大に叶えてくれた。だけれど、この時ばかりは、

「あのピアニストは……――」

父親の言葉が信じられなかった。もう一度、彼の演奏が聴きたくて、頭の中でぐるぐると回る音楽をもう一度、感じたくて父親に彼を尋ねたのに。まさか、


彼が音楽の世界からいなくなったなんて。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -