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手に残ったのは最後まで握り締めていた勿忘草のモチーフ。
壊して、壊してしまった。唯一残っていた私とイタチの繋がりを、自分の手で愚かにも。あんなにも守りたかったはずのものを。もうこれ以外は何一つ残っていないのに。





「椿‥。」

『イタ、チ。』





一連の行動をただ黙って見ていたイタチは砂利を踏みしめながら歩きよってくる。その表情は夕日の逆光で伺うことは出来なかった。だけど雰囲気が何時もと違う、感情が読めなくて不安定なもの。

呆れただろうか、勝手に彼の計画を破綻させてお節介を焼くだけではなく感情的になって馬鹿な真似をする私に。折角あげた物を壊されて嬉しいはずないよね。もう、彼の一番に私は戻れないのだろうか。
鼻奥がツンとしみ視界がじわりと滲む。どうしようもない馬鹿だ。勝手に騒いで泣いて子供と同じだわ。





『‥っ!』






自嘲した瞬間、温もりに包まれる身体。腰と背中に回された腕はあの頃よりも幾らか逞しくなっていて。嗅ぎなれた香りは昔と同じままのもの。何時も一人だった私を受け入れてくれた香り、腕、胸。
とっくに過去のことになっていて現実で再びしてもらえるとは到底考えてもいなかった。なのに何で、何で貴方が私を抱きしめるの‥。





「やめろっ‥。」

『な、にがよ。』

「無理やり笑うな。自分で自分を苦しめるな。」





まるで私を労わって救ってくれるような言葉。所詮社交辞令の一貫でしょうに。そうやって時々吐く甘い言葉がどれだけ私をイタチに縛り付けるのかもしらないで。
キッと睨むようにイタチを視界に捉える。だけどそこに見えたのは私の想像していたものとは違った、言葉通り私の事を労るような顔。

至近距離にあった赤い瞳を見つめれば私よりも苦しげなイタチだった。紅玉に映っているのは私自身。それを見て、ただ嬉しかった。私だけが彼の視界に映って占領してい事に。
やっと彼が私を真っ直ぐに見てくれた気がして。





「泣くくらいなら壊さなければ良かっただろう。例え憎い男からの贈り物でも気にせずにいれば良いものを。」




平坦に感情を顕にすることもなく言葉を吐くイタチ。さっきの甘美な台詞とはまるで真逆な私を突き放す冷たさすら含まれている。
耳元で聞こえた声の冷淡さに思わず生唾を飲み込んだ。イタチは私をもうなんとも思ってないのだろうか、だから贈り物をあんな事にしても反応を示さずに平気でいられるのだろうか。





『違うっ!』

「何が‥。」

『違う違う違う!全部違うよ!本当に嫌いだったらずっと前に壊してる!』





抱きしめる彼の背に腕を回し、服を握り締めた。頬を伝う涙は依然として止まる気配はない。それでも最後に本心を伝えたかった。
涙でぐちゃぐちゃな汚い顔でももう一度イタチに告白したかった。でなくちゃ死んでも死にきれないでしょ、ねぇ。





『憎みたくても、嫌いたくても、結局できなかった。』









『まだ、私はイタチを愛してるの。』










傍にいてくれるなら何でも良い。嘘でも善意からでも罪悪感からでもいい。
誰か他の女性を好きでもいいから、どうか私を見てその視界に映して。私を最後まで見届けて!




「それは‥。」

『愛してなんて言わない。ただ側にいて。心はいらないから、だから、私がこの世から消える寸前まで隣にいてよ。ほかならぬイタチが。』





気持ちはいらない。恋人よりずっと昔の幼馴染みの関係で平気だから。昔みたいに笑いあってふざけ合って偶に出かけて。そんな普通の温かかった頃に戻りたい。それがたった一つの願い。






『‥それも、駄目かな?』

「‥分かった、三ヶ月お前に俺の時間を渡す。それで満足なんだろう?」





優しくて自己犠牲を望むイタチ。そんな彼がここまで言われて断れるわけが無い。それは最早確信だった。
でもね、それが誤解を生むのよ。現に今私が分からないもの。私の願いを聞いてくれたのは少しでも私に気持ちが残ってるからなのか、それともただの哀れみからなのか。ねぇ怖いよ本当は。イタチが本心では私を嫌っていて、話すのすら本当は嫌なんじゃないのかって。
馬鹿みたいでしょ?生娘でも初でもない私がこんな事でビクビクしているのよ。





『うん。ありがとう。』

















既にこぼれ落ちた涙で濡れているイタチの肩に、私は額を預けてすがりついた。イタチはそんな私を支えるように抱きしめるの力を更に強め、そのまま抱えあげる。



『ひぁっ!?』




重力に逆らうように持ち上げられたことに驚き、滅多に出さない声を上げれば耳元で聞こえるのはくぐもった笑い声。
我慢しないでくれた方が清々しくて恥ずかしくないのに。
不満が脳裏を過ぎったが数年ぶりにみるイタチの笑う表情に私も頬が緩むのを感じた。





早くも「笑い合う」は達成。いっぱいイタチとしたい事はあるけど、出来たら全部達成して死ねたら一番良いんだけどな。

ねぇイタチ。愛してるよ。







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