『君は私が好きな様だね』

そう言ってアンタは楽しそうに唇を歪めた。

冷房がガンガンきいた図書館の一角で俺は勉学に勤しむ。
訓練生最後の夏、と言っても最終テストの勉強で忙しい俺には遊びに行く暇なんてなくひたすら目の前に鎮座する参考書を片手にノートに文字を埋めていく。
カリカリカリと文字がゲシュタルト崩壊するんじゃないかって位に書き込んでいく。
元々頭を使う人間ではない俺がこんな事するのも全てはあの人の所為だ。

『もし、君が合格した時には―――』

嫌な事を思い出し少し強めに頭を掻き毟る。
それと同時に身体の奥が疼いたのは気の所為にしておき再度ペンを動かした。

腱鞘炎になるのではと思う程今日は手を動かしたと思う。
ずっと同じポーズを取らせていた手を解す為握ったり開いたり繰り返す。
ビリビリと痺れた様な痛みが手全体に走った。
何度か繰り返しにしていくにつれ痺れは取れていき自由に動かせる様になった。

「おや。もうお終いかい?」
「っ、な、アンタ…っ」
「こーら。先生を「アンタ」呼びはダメだろ?」
「ぃてっ」

不意に声を掛けられて口が滑ってしまえば手に持ったカルテで頭を軽く叩かれた。
対して痛くも無いけど叩かれた箇所を擦りながら自分を先生と言った男――first先生を見上げる。
銀縁眼鏡の奥の目尻の垂れた瞳と目が合い思わず逸らしてしまった。

「勉強は順調かな?」
「……まぁまぁ、ってとこっスね」
「そっか。まぁ頑張ってちょーだい」

子供扱いするな!…と言いたかっが大きな手が頭を撫でるもんだから言えなくなっちまったじゃねーか。
この人のこんな所がすごくズルい。
赤くなった顔を隠す為に俺は顔を俯かせた。

「テスト、楽しみにしてるから」

頭上から聞こえた愉快そうに笑うfirstさんの低い声がとどめと言わんばかりに俺を攻めた。