本当のことを知ればそれは枯れる
「今ちょっとええ?」
丸井くんと別れて数日が経った。授業が終わり、生徒たちが皆帰宅や部活へ向かうためざわざわと動いている。そんな雑踏に紛れて、聞こえてきた言葉に視線を向ける。突然の声かけに固まったが、静かに頷き、歩き始めた背中を追いかけた。
たどり着いたのは人気のない校舎の裏側で、立ち止まった仁王くんは壁にもたれかかった。丸井くんと別れてからというものの、仁王くんとは話していない。丸井くんから話されたことで気まずいというのもあるが、仁王くんと関わるのは丸井くんと一緒にいたからであり、普段の私であれば仁王くんと話す機会などないのだ。ただ、気まずいこともあり、最近は仁王くんの方を見ることさえ躊躇していた。そんな中、突然仁王くんに話しかけられた。なんとなく話しかけてきた理由が想像できるため、声かけに応じたのだ。
「ブンちゃんと別れたって聞いたけど」
壁にもたれかかった仁王くんがちらりと視線だけ私の方に向けた。
「ほんまにそれでいいん?」
仁王くんの言葉に視線を下に向ける。
「いいって言われても・・・」
これでいいのかといわれても、付き合う、別れるというのは私一人で決められることではない。どちらか一方が別れるというと別れることになるし、双方が同意しなければ付き合うこともない。だから、いいのかと言われても、正直私一人でどうにかなる問題でもない。丸井くんに別れるといわれたから、仕方がないことだ。
丸井くんと別れてから、胸にあったものがなくなり空間ができたような感覚だ。丸井くんが好きだったのだろうか?仁王くんが好きなのだろうか?何度も何度も問いかけた。きっと、仁王くんのことは好き、だったのだろう。けど、丸井くんのことは?・・・恐らく、好きに、なって、きていたのだろう...今なら思う。丸井くんと話すたびに楽しかったし、休みの日に会うたびにもっと知りたいと思った。丸井くんが他の子と話しているのを見ると、自分から話しかける勇気がないことに落ち込んで、丸井くんが気が付いて笑顔になったのを見ると、嬉しかった。どんどん丸井くんに惹かれていっているのがわかった。仁王くんのことは、好き、だった。けど、それは丸井くんのような感覚でなかった。仁王くんと話したり、仁王くんの動作に浮つく時はあったけど、その感覚はその時だけで知りたいや一緒に居たいといった、丸井くんに感じていた感覚とは違った。どのくらい丸井くんが好きかと言われるとわからないが、好きになっていっていたのは確実だ。
「ブンちゃんが何を言うたかはわからんが」
言葉を詰まらせていた私に、仁王くんは大きく一息をついた後、口を開いた。
「おまんが俺に抱いてた気持ちは憧れであり、恋愛感情ではなか」
仁王くんの言葉に驚き、視線を仁王くんに向ける。
「そして、おまんが好いとったんはブンちゃん。2人を間近でよう見よったから、わかる。俺じゃなくて、ブンちゃんな」
話続ける仁王くんは私が仁王くんの方を向いたのを見ると、小さく笑みを向けた。
「それで、ブンちゃんもおまんのこと好いとお。前以上に、な」
「・・・けど、丸井くんは本気じゃないって」
「は?」
私の言葉に、仁王くんが顔を顰める。
「本気じゃないって?何それ」
「丸井くんは本気で好きだったわけじゃなかったみたい」
「は?」
私の返事に仁王くんはさらに顔を顰めた。
「何を言うとる。ブンちゃんが本気じゃないわけがない」
「だって、丸井くんがそう言って」
「そんなのおまんのために言うたに決まっとる。そう言わんとおまんが気遣うじゃろ」
「―え、」
「あんなに好かれようと頑張っとるブンちゃんを、俺は初めて見た。どうしたら喜ぶかとか、どうしたら一緒におる時間を作れるかとか、よお考えよった。おまんの気づいてないところで、じーっとよく見よった。あんなブンちゃんを見てきて、本気じゃないわけがない」
「けど、」
「ブンちゃんがどういったんか、どう思ったんかはわからんし、おまんがどう感じたんかはわからんが、おまんを好いとるのは絶対じゃ」
仁王くんの話すことに、口を開くも言葉が出てこない。
「好いたもん同士じゃけぇ、どうするかは本人たちに任せるしかないが...。手を遅れになる前に言いに行った方がええんじゃなか?」
ブンちゃんはいい男だからのぅ
言い終わった仁王くんは私の方に向けていた視線を下に向けた。ほぼ同時に私は彼に背を向けて走り出していた。
下を向いたまま小さく息を吐き出した。
「おまんもええ女じゃ。――ほんでもって俺は偽善者じゃ」
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