近づいてくるお互いの気持ち
「みょうじさん、今週の日曜日って空いてる?」
金曜日のお昼休みに丸井くんから誘われ、空いていた私は丸井くんの家に来ている。
「いらっしゃい、中に入って」
チャイムを鳴らすと丸井くんが出てきて、いつもの笑顔で出迎えられた。ジリジリと暑かった外に玄関から涼しい空気が流れ出てきて、暑さに負けた私は薦められるままに玄関に入る。しかし、涼しい所に来たものの私の体はまだ熱い。ちらちらと玄関を見ていると、「どうぞ」と中に入るように促され、玄関に座り履物を脱ぐ。履物を脱ぐだけなのにぎこちなさがいつもに比べて増しており、脱ぐのに時間が掛かってしまっている。はあ、ダメだ、何この緊張感。苦しい。頭の中で悶えながら履物を脱ぎ振り返ると、何故か丸井くんが声を押し殺して笑っていた。
「え、何?」
「い、いや、可愛いなって思って」
「はあ?」
「だって、みょうじさん緊張してるだろぃ?」
「いや、まあ、そうなんだけど」
「丸わかりで面白い」
「なにそれ!」
「で、可愛い」
「な、なにそれ・・・もうやだ」
からかってくる丸井くんに恥ずかしさを唇を噛み、耐える。丸わかりって恥ずかしいんですけど。涼しいはずなのに益々熱くなってきた。ほんともうやだ、今日耐えられる気がしない。恥ずかしくて顔を上げられず、横目で丸井くんをチラチラ見ていたら、少し笑いが落ち着いてきた丸井くんが私の頭に手を置いた。
「大丈夫、今は両親仕事でいないからさ、リラックスして」
はい、と上がるように促される。そっか、それならと思ったけど、リビングに入る前にそれはそれで恥ずかしいのでは?と思ったのもつかの間、リビングに入った瞬間、大きな声が聞こえてきた。
「あー!!」
「誰―!!?」
ソファに居た男の子2人がこっちを向き、物凄い勢いで向かってきた。
「お兄ちゃん、この人誰?」
「お兄ちゃんの彼女」
「彼女?」
「彼女?」
「そ、」
「お母さんがいないからってお兄ちゃん」
「いけないんだー」
「言いつけてやる」
「お前らなぁ!」
「キャハハハ!」
弟たちに言われっぱなしの丸井くんだが、丸井くんとじゃれている時の弟くんたちもとても楽しそうで、つい笑ってしまった。
「兄ちゃん、笑われてる!」
「フラれるんだ!」
「フラれねえよ!」
「兄ちゃんのことフルの?」
「んー、どうだろう?」
「えー」
「ちょ、そこはフラないって言ってほしいぜぃ...」
少し表情が沈んだ丸井くんに「嘘だよ」って笑って言うと、ちょっと膨れながら「次言ったら許さねえ」と言われて、弟君たちがそれをみて笑っていた。
それからというものの、弟くんたちから質問攻めにあいながら、一緒に遊ぶことになる。
「ごめん、家に誰もいなかったら一緒にいないと気になってさ」
「僕たち大丈夫だもん」
「ねー」
「そういうことは大きくなってから言えよぃ」
「えー」
「そういって彼女連れてきた兄ちゃんに言われたくない」
「うるせえ!」
「大丈夫だよ、楽しいし、可愛い」
「可愛いとか言うな」
「かっこいいだよ!」
「ハハ、そうだね。かっこいいね」
「だろ?兄ちゃんよりもかっこいい?」
「かっこいい?」
「ん―、どうだろう?」
「かっこいいに決まってるだろぃ」
そう言って、私の隣に座った丸井くんがテーブルにクッキーを置いた。
「もしかしてこれって丸井くんの手作り?」
「そう、美味しいから食べてみろぃ」
クッキーを手に取り、口に含む。チョコチップが入っているが、ほどよく香ばしく、バニラビーンズもよく効いておいしい。
「やっぱり丸井くん、料理上手だね」
「だろぃ?」
「おいしい」
「そ、よかった」
目を細めて笑う丸井くん。
「ほら、お前らも食べてろぃ」
「わ―い!」
「いただきます!」
「ちょっと、こぼすなよ」
「はーい!」
お菓子を食べながらも、弟くんたちの世話を見ている丸井くん。学校で見ているよりも優しい表情をしていて、しっかりもののお兄ちゃんだ。
「今日はありがとう」
「また来てね!」
「兄ちゃんがいなくても来ていいよ!」
「なんだよ、お前らだけで遊んでもらうつもりか?」
夕方になり、丸井くんが駅まで送ってくれるというため、弟くんたちと玄関でさよならする。
「うん、兄ちゃんの言っていた鬼じゃなかったし!」
「鬼?」
「ちょ、お前らそれは」
「うん、置物の鬼!」
「それ言っちゃ」
「・・・あ」
どういうことか思い出し、丸井くんの方にじとーっと視線を向ける。
「いや、だからそれは、冗談で」
「ふーん、置物の鬼」
「うん、鬼!」
「ごめんって」
「そっか、鬼」
「うん、鬼!」
「ほんとお前ら黙れって!」
「じゃあね、またね!」
「うん、ばいばーい!」
隣であたふたしている丸井くんを置いて、弟くんたちに笑顔を向けて手を振る。
「・・・みょうじさん」
「・・・」
「ごめん」
「・・・」
「無視しないで欲しいぜぃ・・・」
玄関を出た後、トボトボとついてくる丸井くんだが、実の所あまり怒っているわけではない。
「はあ、丸井くん」
「っ、はい」
「いいよ、怒ってないから」
「え、あ、はい」
「丸井くん可愛いなって思って」
「え、はあ?」
「最初のお返し」
そう言って笑顔を向けると「な、なんだよぃ」と大きく息を吐き出した。
「超焦ったんだけど」
「そうだね」
「笑うなよぃ」
「可愛い」
「うるせぃ!」
顔を赤くしている丸井くんはさっと私の手を握って、サッサと歩き始めた。
「今日はありがとう」
「いや、こっちこそ弟たちの面倒見てもらってごめんな」
「ううん、可愛かったし、全然こっちこそありがとう」
「いや、いつか会ってもらいたいなって思ってたし」
「そうなんだ。私も会えてよかったな」
「そう言ってもらえると嬉しいぜぃ」
「丸井くんかっこいいお兄ちゃんだったしね」
「だろぃ?・・・え?」
一瞬いつも通りの声で返事があったが、何故か止まった丸井くんに私も「どうしたの?」と聞き返す。
「いや、ううん、いや」
何故か視線をそらし、手を繋いでいる手と反対の手を口元に持って行っている。その様子に首をかしげながら見ていると、「みょうじさん」口を押えたまま、視線をこっちに向けた。何か言いたそうであるが、言いにくいのかなかなか言い出さないため、しばらく待つ。なんだろう?とじっと見て待っていると「あのさ、」と言葉を発した。
キス、してもいい?
一瞬何を言ったのかわからず、言葉を理解するまで数秒。次は私が手を口元に持って行く番だった。
「え、いや、ええ?」
「・・・だめ?」
「いや、その、ええ?!」
「いや、可愛いなって思ってさ」
「えええ?」
「ダメ?」
「その、ダメっていうか、ええ?!」
うまく返事ができず、パニックになる。キスってええ?!あのキス?!って、ええ?丸井くんと?っていうかここ...道端!普通に駅まで歩いていたことを思い出し、今いる場所がどこか思い出す。
「ダメ、ここ、道端」
「え、あ、ごめん」
丸井くんも場所を思い出したのか、耳まで赤くなって視線を下に向けた。
「じゃあさ、今日はいいからさ、また今度」
はにかみながらのぞき込んで言ってきた丸井くんが「ダメ?」と言ってきたから、思わず小さく頷いてしまう。私が頷いたのを見て納得したのか、満足げに笑い、「じゃ、今日はこのまま帰ろ」と再び手を引いて駅まで向かい始めた。彼は笑顔でいつもと同じように話していたが、私の心臓は家に着くまで落ち着くことはなかった。
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