私は彼とこんな近くで話すのは初めてで、私は彼のことを何も知らなかった。
夜、ご飯を食べた後、家の近くをぶらぶらと散歩をしていた。
日はとっくに暮れていて、こんな時間に外を出ている人なんてほとんどいない。私もついさっきお母さんから早く帰ってくるように連絡が来て、家に向かっている途中だ。けど、なんだか家に帰る気になれず、その足取りは重い。何故だかわからないけど、大きなため息が出た。そんなときだった。ちょうど通りがかった公園に一人の人がベンチに座っていたのだ。普段なら気にも留めないのだろうが、それまでなかなか人に出会わなかったからだろうか、その人の方に意識が向いたのだ。
『えっ、』
下がっていた頭が上がり、その人の顔が見えた瞬間、思わず声が出た。
『跡部、様っ』
なんでこんなところに...
跡部様の家の場所は知らないが、ここら辺ではないはずだ。なのに、何故こんな公園にいらっしゃるのか。頭の中で色々なことが駆け巡る。
「あーん?...みょうじか」
私の声が聞こえたのか、視線を私に向け、少し間が空いた後名前を呼ばれた。名前を知ってくれている?!そこに驚いていたのだが、彼は言葉を続けた。
「こんな時間に何をしている」
『何をって...散歩です』
「あーん?女がこんな時間に一人で散歩するな。危ねえだろうが」
『す、すみません』
「まあいい。家はどこだ」
『いや、あの、ここから10分ぐらいで着くと思います』
「仕方ねえな。帰るぞ」
『え、いや、ええ!?いやいやいやいや』
「なんだ、帰りたくねえのか。家族喧嘩でもしたのか」
『いや、そういう意味のいやではなくてですね』
跡部様に送ってもらうなんてそんな!という意味のいやで。
そんな私の考えは気にも留めず、跡部様は「こっちか」と私に方向を確認した後、歩き始めた。
「お前な、例え近所でも女がこんな時間に一人で出歩くなよ」
『あの、跡部様はなんであんなところにいたのですか?』
跡部様のななめ後ろを着いていきながら、問いかける。
一瞬私の方に目を向けた彼は再び前に視線を戻した。
「ランニングだ」
『ランニング?』
「知ってるかと思うが、俺はテニス部だからな。体力を付けるために走っていただけだ」
『こんな時間にですか?』
「ああ」
『こんなところまで?』
「ああ」
『なんで』
「だから、体力をつけるためだとさっき言っただろう」
『それはそうなんですけど、跡部様そんなことしなくても十分強いじゃないですか』
「は?」
私の言葉に前を歩いていた跡部様は立ち止まった。
「強い?何を見てそれを言っているんだ」
『だって、関東大会だって出てるし、全国大会だって』
「あんなのは強いとは言えねえ」
私をじっと見つめながら言った言葉はいつも遠目で見ている跡部様ではなかった。
「俺たちは関東大会で負けた。それも初戦でだ。全国大会も俺たちの実力で出たわけではない。名目だけならそれはすごいのかもしれない。だが、中身はそうじゃねえ。出たことは確かによかったことだが、俺たちはそれに満足しているわけではない。...少なくとも俺はできねえ」
跡部様は視線を道路に落とした。
「俺たちの中学の夏は終わった。だが、舞台は変わるがまた来年も大会はある。その時は俺たちの実力で全国を勝ち取り、優勝する。そのためには、今以上に強くならなければならない」
『跡部様・・・』
「・・悪いな。こんな話をして。さて、帰るぞ」
少しばつの悪い感じの笑みを浮かべた後、跡部様は再び歩き始めた。
家までの道のりはとても長く静かだった。
『ありがとうございました』
「いや、今度からこんな時間に出歩くなよ」
『はい』
「じゃあな」
そういって走って行った彼を見えなくなるまで見送る。
彼は今どんな気持ちなんだろうか。走りながら何を思ってるのだろうか。
大会が終わった後もいつも通りの跡部様だったから、私たちは彼の気持ちを知らなかった。
私は少し彼の気持ちに触れられたのだろうか。
I don't know, I don't know―
私たちは本当の彼をまだ知らない
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