03 それからなつちゃんと関わることも特になく、2年生になった。 初めて話し掛けられた時はびっくりしたけど、それから特に関わりもなかったから、彼女のことは特に気にしていなかった。なつちゃんからも関わって来る様子もなく、俺はテニスと女の子たちと遊ぶことに明け暮れていた。 そんなある日、 「あっ・・」 「・・・やあ、」 裏庭で人目に付かない壁に、もたれてしゃがんでいると人が近くを歩く音が聞こえてきた。一瞬焦ったけど、こんな所を通る人は滅多にいないし、どうせ手前で曲がるだろうと思っていた。しかし、その人は手前で曲がらず、俺の前に来た。まさかこっちに来るなんて思ってもおらず、人影が俺に被さったことに驚き、視線を上に向けた。 俺に気付き、声を上げた彼女に、苦笑いしながら声をかける。立ち止まり、俺を見ている彼女に笑みを向けたまま、反応を待つ。大抵の人はこんな姿を見たら、気まずくて、去って行くだろう。今はそうしてくれた方が俺としても有り難い。空気を読んでくれるだろうと思って、彼女に視線を送った。 「その形・・・男?」 けれど、彼女は俺の予想に反して話し掛けてきて、1番触れると思ってなかった事柄について発した。 「ははは、格好悪いよね」 隠すように赤くなっている頬に手を寄せる。 なつちゃんが来る数十分前、裏庭に呼び出され、行ってみたら、男子がいて、殴られた。よくわからないけど、彼の好きな子が俺と仲がいいみたいでさ、それを見ていて腹が立ったみたい。所謂、八つ当たりってやつだね。俺が悪いのかよくわからないけれど、こんな所人に見られたくなくて、隠れていた。なのに、見られるし、聞かれるし、最悪だな。どうせ、格好悪いって言われるか、同情でもされるのだろうな。 「いや別に。めちゃくちゃ赤いし、痛そうだなって思って」 「はは、まぁ痛いのは確かだけどね」 同情の方か、と心の中で溜め息を付く。まぁ、いいんだけどさ。 「嫌な男もいるもんだねぇ」 そう言って彼女は俺の隣に来てしゃがみ込んだ。 ・・あれ? 彼女の反応がよくわからなくて戸惑う。 「女子の中にも嫌な奴いるけど、男子も変わらないんだね」 隣で苦笑いを零す彼女に目を向けた。 「で、叩かれた理由は?」 「え?」 . 彼女の問いに瞬きをさせる。 「理由なく叩かれた訳じゃないでしょ?」 「そ、そうだけど・・」 聞いてくる彼女に口ごもる。 理由は勝手に嫉妬されて、八つ当たりなんだけど、口ごもったのは理由を言いたくないからじゃなくて、聞いてきた彼女に焦っているからだ。まさかそこまで聞いてくるとは思っていなくて、正直反応に困る。別に俺が特別悪い訳じゃないから言ってもいいんだけど、彼女の中の俺の印象がわからないから、言いにくい。それに彼女の性格もわからない。言っていいのか、言わない方がいいのか、どうするべきか考えた。 「ま、言いにくいか」 地面に視線を向け考えていると、彼女が軽く息を抜くように言った。 「言いにくかったら別にいいんだけどさ」 横目で彼女をチラッと見る。 彼女は上を見ていて、ふぅっと息を吐いた。 ―ガス抜きもたまにはいいんじゃないの 彼女の言葉に目を大きく開ける。 「私もさ、嫌なことたーくさんあるけど、溜まりすぎるとさそれが当たり前になって、癖になっちゃうんだよね。けど、溜め込むっていうのは、スッキリもしてないし、解決もしてない。ただ、我慢してるだけなんだよ。そしたらさ、いつか何もかもが嫌になっちゃいそうな気がして、私は途中で発散するようにしてるんだー」 そう言って彼女は立ち上がった。立ち上がった彼女を見上げる。 「人前でいちゃつくんじゃねーぞコノヤロ―」 ってね、と彼女は俺を見て笑った。そんな彼女にびっくりしたものの、まさか叫びだすとは思ってもいなくて、思わず笑ってしまった。 「アハハ、それって結構恥ずかしいよね」 「けど、スッキリするんだよ」 満足したように笑みを浮かべながら、彼女は再び俺の隣にしゃがんだ。 まさか叫びだすとは。しかも、俺もいて、俺がこんな状況だというのに。っ、もう、 「あはははは」 「何、そんなにウケることないじゃん」 口を押さえながら、大きな声をあげて笑ってしまった。笑ってしまったのは、彼女が叫んだことに対してじゃなくて、素直過ぎることに対してだ。なんだか、彼女を見ていると俺かさっきまで考えていたことが馬鹿らしくなってきた。 「いやぁ、面白かった。ありがとう」 「褒めてんの、それ」 まぁいいけどさ、と彼女は肩を下げた。 「ほんと嫌になるよね。自分がモテないからって八つ当たりするとか」 「わ、自意識過剰」 「事実だからいいの」 「世の中の男子が聞いたら怒るよ」 「もう叩かれたからいいんだよ」 少しずつ彼女に経緯を話して言った。 こんな話、人にするなんて自慢みたいで嫌だったし、恥ずかしいし、格好悪いと思って今まで誰にもしたことなかった。だけど、たまには、彼女になら言ってもいいかもなって思えた。 「へ〜、男子も男子で面倒臭いね」 俺の話を静かに聞いてくれていた彼女の一言目がそれで、その言葉に苦笑いをした。 「けど、返さなかったんでしょ?」 「勿論。向こうは俺に力がないと思って来たんだろうけど、俺が叩いたら赤くなるじゃすまないからね。こう見えて結構鍛えてるし、テニス部だしね」 彼女に目を向け、笑いながら言った。 「それはえらい」 そう言って、彼女はそっと俺の頭に手を乗せた。軽く撫でられ、思わず目を見開く。 「手は出しちゃ駄目なんだよ。暴力で解決しようなんて最低な考えだと思うんだよね。手を出すことはどっちが先にしろ両方共悪いし、繰り返されるだけで終わらない。我慢した千石は偉いと思うよ」 ま、手出してたら、嫌いになっていたとは思うけどね、と微笑みながら撫でる彼女の言葉に殴らなくて良かったと心から思った。元々、暴力で収めることは好きではなかったし、相手が逆上してきたら面倒臭いと思っていたからだったけど、こんなことで最低だと思われたくなかった。 「で、どうする?」 「どうするって」 俺の頭から手を退けた彼女の言葉に頭を傾ける。 「氷持ってきた方がいい?」 「えっ、今それ言う?」 思わぬ言葉に声を上げる。 ごめん、忘れてた、と笑う彼女の態度にハハッと短く笑いを零す。 忘れてたって、普通最初にそれいうよね。そう思ったが、痛みが大分引いていたし、まぁいいかと軽く息を吐いた。 「千石―」 「んー?」 「はい」 「え、」 「消しゴム忘れたんでしょ」 「あ、そうだったね」 「なにそれ、自分から言ってきたくせに」 「忘れてたんだって。ありがとう」 「おー」 さっき消しゴムを貸して欲しいって頼んでいたことをすっかり忘れていた。 そういえば、あの頃から変わっていたなぁとあの頃を思い出して思う。変わっていて、そして優しい。消しゴムを見つめながら、笑みを零す。俺、貸して欲しいとは言ったけど、別に消しゴムを割ってまで貸してくれなくてもいいのに。半分欠けた、今は真っ白な消しゴム。使うのが何だか悪い気がするけど、使わないのも悪いし、せっかくだから使わせて貰おう。 . |