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家に帰り昨日起こった出来事についてベッドに寝転んで悶々と考えていると、いつの間にか朝になってしまっていた。
いやいやいや、何がどうなってああなった。あ、きっと彼も間違ったんだ、そう、そうに違いないと思う事にして、学校に行くことにした。
学校に着くと、下駄箱に友人がいて、いつも通りおはようと挨拶をする。そうだよ、いつも通り。昨日あったことは幻聴で、今日もいつも通りの生活がある。昨日のドラマの話をする友人の話をきちんと聞くなんてできず、思いこむことに必死だった。
教室の前に差し掛かった瞬間、昨日の出来事がフラッシュバックしてきた。
昨日あったことはきっと何かの間違い、何度も言い聞かせて教室の中に入る。教室の中はいつも通りで内心ホッとしながら、おはようと先に来ていた友人に声を掛ける。
昨日この場であったことは気のせいだ。今まで関わったことのない彼があんなことを言うはずがない。だって、今まで話したことなんて一度もないんよ?しかも、彼はこの学校のアイドルと言っても過言ではないほど有名人で、そんな人がいきなりあんなことを言うはずがない。そうだ、そうだ。あんなシチュエーションだったから、私の耳が勝手に変換してしまったに違いない。何度も何度も言い聞かせる。
「どないしたん」
さっきから表情を七変化させている私を見かねたのか、友人が笑いながら話しかけてきた。そう、これが私の日常やねん。いつも通りの空気に安堵する。
「おはよう」
後ろから聞こえてきた声にびくりと反応してしまった。いつもだったら彼の声になんて反応しないのに。昨日のせいだ。大丈夫、大丈夫だ。そう言い聞かせる。何も発しない私を不思議に思ったのか、友人が聞いてきたけど、大丈夫と返す。そう、今日もいつも通りの日常なんや。
「田内さん」
さっき聞こえた声が近くから聞こえ、体を固まらせる。
ゆっくりと顔を後ろに向けると、少し照れくさそうに笑う彼がいて、おはようと言われた。周りにいる友人たちは思わぬ出来事に固まっている。私も同様だ。
「そない固まらんでも」
目を細めて笑う彼に思わず目を逸らす。・・・くそ、イケメンめ。
「挨拶ぐらい、してくれてもええやんか」
彼氏やねんから
その言葉に教室と廊下の外がざわめく。
『しら、しらい、くん』
「ん?」
『かれ、し、って』
「昨日、言うたやんな?」
さらりと言いのけた彼に私も周りも一瞬静かになった。しかし、一瞬にしてざわめきが沸き起こり、悲鳴が聞こえてきた。
「あ、あんた、どういうこと!」
バシバシと私を叩く友人に何も返事を返すことができず、彼をじっと見つめる。
昨日の、あの、話、やんな、
昨日の光景が再び蘇る。嘘、だ。何も言えず口をパクパクとさせる。そんな私を白石君は口角をあげて見ていて、なんて言うかその、ものすごく恥ずかしい。体全体の気温が上がって、熱くなる。
『しら、いし、く』
「ん?」
『その、なん、で』
なんで彼女とかそんな展開に。本当は昨日問うべきだった言葉が頭の中をぐるんぐるんと駆け巡る。だけど、それを言おうと思っても、思うように口が動いてくれなくて、言葉になってくれない。
「なんでって、そりゃやっぱり」
一瞬白石君の目が私から逸らされた。けど、すぐに向けられた瞳はとても真剣で、優しくて、
「好きやからに決まっとるやん」
ほんのりと頬を染めて言う姿に、何も言う事が出来なかった。
やっぱ照れんな、と頬をかきながらはにかむ姿は、いつもの大人っぽくて落ち着いている白石君ではなくて、どこにでもいる高校生と同じような表情だった。
周りがもの凄く騒いでいるのを余所に、真っ赤な私と照れる白石君は、私の答えなく、いつの間にか付き合う流れになってしまったのだった。
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