政府からは定期的に物資が届く。鍛刀や刀剣の手入れに必要不可欠な資材の他、食料や衣料、審神者が請求し承認されたものならば何でも。しかしその量は決して多くなく、この本丸が常に資材不足に喘いでいるのもその所為である。これ以上人数が増えるようなら、自給自足の必要すら出てくるかもしれない。ご丁寧にも、本丸の裏には未使用の畑が備え付けられているのだから苦い顔をせずにはいられない。
「えぇと、今回の物資は……」
送られてきたリストを確認する審神者に歌仙が声を掛ける。
「荷物、運び込んでしまって大丈夫かい?」
「ああ、頼む」
刀剣達が力を合わせて送られてきた荷物を本丸へ運び入れる声を聞きながら、審神者はリストを読み上げた。
「砥石、玉鋼、冷却水……うーん、少ないけど無いよりはマシか……米も来たな……それから……」
文字を追っていた指がぴたりと止まる。

「……馬?」

荷物の運び込まれた裏庭から、歌仙の悲鳴が響いた。



「絶対に嫌だ」
きっぱりと拒絶の意を表した歌仙に、審神者は困ったなと溜め息を吐く。馬小屋の方で短刀達が騒いでいる声が、審神者の部屋まで響いて聞こえた。
部屋の隅で膝を抱えるように座り込んだ歌仙にそっと近付く。ゆるりとウェーブの掛かった歌仙の毛先がべとべとに濡れているのを手拭いで拭いてやると、歌仙はスンと鼻を鳴らした。出合い頭に髪を食まれたのがよほど堪えたようで、微かに涙目になっている。
「嫌だと言っても仕方がないだろう、送られてきてしまったんだから」
「だからと言って、どうして僕が馬の世話などしなくてはならないんだ!」
「お前だけじゃないって、当番制にしようって言ってるだろ」
「い、や、だ」
歌仙がぷいとそっぽを向く。彼らしくない子供じみた仕草に審神者は困り果てる。無理な出陣、短刀の世話、料理洗濯まで文句ひとつ言わずに熟してくれた歌仙が、まさかここまで馬当番を嫌がるとは。
送られてきた馬は三頭。審神者は馬にもあまり詳しくないのだが、脇差二人が口を揃えて「なかなか」と言っていたのでそれなりに良い馬なのだろう。勿論、刀剣達が乗って出陣する為のものである。そう考えれば有難い支給品ではあるのだが。
「ほら、これでお前達の機動力も上がるんだから」
「髪が汚れた……」
「先に風呂入ってきていいから、な?」
結局のところ、何と文句を言おうと歌仙が馬当番を放棄することはないだろう、と審神者は思う。ただあまりにもショックが大きかったようで、なかなか立ち直れないだけなのだ。今くらい甘やかしてやろう、と審神者は短刀達にするように歌仙の頭を撫でてやった。
「ほら泣くなって」
「ちょ……それ涎を拭いた手拭いだろう!?」
「ああ、悪い悪い」
手拭いで顔を拭いてやろうとすると歌仙が慌てて声を上げたので、審神者は手拭いを横に置いて指で歌仙の目元を拭う。
「ん……」
「堀川も青江も、馬の扱いには慣れているみたいだから。短刀達はみんな馬に興味があるみたいだし。あいつらに倣って頑張ってくれよ」
「……」
未だじとっとした視線で審神者を睨み付けながら、それでも近侍としての責務を感じるのか歌仙が微かに頷いた。馬当番くらい免除してやりたいとも思うのだが、これから更に増えていくであろう刀剣達を纏める審神者の身として、贔屓はあまりよろしくない。ありがとうなと更に頭を掻き回すと、髪が乱れる、と文句を言いながら歌仙が立ち上がった。
「とにかく、今日は先にお湯を頂くとするよ」
「ああ、気の済むまで洗ってこい……洗ってやろうか?」
「遠慮させてもらうよ、君は粗雑だからね」
満更でもない表情で、歌仙がくすりと笑った。


「馬は大きいよねぇ……あはは、そんな顔しないでよ。身体の話だよ?」
「お前、そういうこと歌仙の前で言わないでくれよ……」
また機嫌悪くされると困る、と審神者が諌める。青江は気の籠らぬ返事をして、黒毛の馬の鼻面を撫でた。
「それにしても、いきなり三頭も馬を送ってくるなんてね」
「通りで、馬もいないのに馬小屋なんて立ってるなぁと思っていたんだよ」
馬小屋に収められた馬達は呑気に乾草を食んでいる。さっき歌仙の髪を咀嚼したのはどの馬だろう、とぼんやり考える。出陣させる時は違う馬に乗せてやったほうがいいだろう。
「ところでお前達、馬に乗ったことはないんだろう?乗れるのか?」
「まあ、多分乗れると思うけど……練習はしておいた方がいいだろうね」
青江が名の通りに笑いながら審神者を窺う。
「馬乗りの練習、付き合ってくれるかい?今夜とか」
「乗馬って言ってくれ」
審神者も腕を伸ばして馬に触れた。項の辺りをするすると撫でる。この馬達も、戦場に出ることになるのだ。歌仙や青江、堀川達を乗せて。
「こいつ等のこと、よろしく頼むよ」
「……それは僕に言ったのかい?それとも馬に?」
訝しげな青江の質問には答えず、審神者は馬小屋を出た。そろそろ歌仙も風呂から上がるだろう。審神者はあまり料理が得意でないが、偶には夕飯の手伝いでもしようか。
台所へ向かおうとした審神者を、背後から駆けよって来た堀川が呼び止めた。
「主さん!これ、なんか追加で届いたみたいなんだけど」
「え?」
ひらりと渡されたリストに目を通して、審神者の表情がサッと引き攣った。

「なあ歌仙、実は農具も一式送られてきてな……」
「断る!!」


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