こうしていれば、ただの子供にしか見えないな。
頭を撫でられて嬉しそうに顔を緩める五虎退を眺めながら、審神者は思う。今回初めて部隊長を務めた彼は、同じく短刀ばかりの隊員達と揃って無事に帰還してきた。着実に力を付けてきているのだろう、しかし「褒めてください」とばかりに頭を摺り寄せてくる姿は無邪気な少年そのものだ。
「よくやった五虎退、えらいぞ」
「えへへ……」
「ほら、お前達も来い。ご褒美だ」
審神者がそう言って手招くと、今剣と秋田藤四郎が嬉しそうに駆け寄ってくる。続いて恐縮そうに前田藤四郎が一歩前へ出て、最後に小夜左文字がその場に立ったままふいと顔を背けた。やれやれ、と審神者は立ち上がる。
「ほら、小夜も。みんな口開けろ」
懐から硝子瓶を取り出して振って見せる。瓶の中で色とりどりの金平糖が揺れるのを見て、短刀達がぱっと顔を輝かせた。少年達が一斉に口を開いて待つ様は、巣の中の雛のようにも、池の中の鯉のようにも見えた。審神者は彼らの舌の上に一粒ずつ金平糖を転がしてやる。
「有難く頂戴いたします!」
「ありがとうございます、主様!」
「ん。夕飯まで部屋で休んでな」
短刀達は口々に礼を言うと自室へ駆けていく。しかし最後に一人残った小夜が何やらもじもじしているのに気付いて審神者が屈みこむと、小夜は上目遣いに審神者を見て小さく呟いた。
「……ありがと」
そのまま逃げるように走り去る小夜の背中を審神者が見送っていると、ふと背後に誰かが立つ気配を感じる。
「短刀は素直で可愛いねえ」
「戻ってたのか、青江」
「ただいま」
にっかり青江が口の端を引き上げるようにして笑んだ。短刀達と対照的に、それだけでどこか妖しい匂いがするのは、彼が脇差だから――ということはなく、恐らく彼の普段の態度の所為であろう。やけに含みを持たせた言動を得意とする青江は、庭に立つ審神者に視線を近付けるように縁側に腰を下ろす。
「出陣から戻って来た僕には、どんなご褒美をくれるのかな?」
「……金平糖、いるのか?」
「食べさせてくれるならね」
青江はゆるりと唇を開くと、ちろりと舌を出して見せた。蛇のようだ、と考えながら審神者は硝子瓶を青江に放って渡す。捕食されたら堪らない。
「つれないねぇ」
「お前は歳を弁えろ」
「……あの子達、小夜くん以外は僕より年上だった気がするんだけどなぁ」
短刀は特だね、と冗談混じりに青江が言う。黒い手袋をつけた手で硝子瓶を振ると、金平糖がからんと音を立てた。

にっかり青江はこの本丸で初めての脇差であった。鍛刀に慣れぬ審神者が連続して短刀を生み出す最中、脇差である彼が打ち上がったのは奇跡的ですらあったかもしれない。戦慣れはしているという本人の言葉通り、青江はすぐに歌仙と並んで我が本丸の主戦力となったし、今まで歌仙と審神者が二人で熟してきた家事も幾らかは分担できるようになった。
しかしそれで歌仙の負担が軽くなったかと問われれば、審神者は渋い顔で唸って見せることしかできない。何しろ先に述べたような性分のにっかり青江は、戦よりも何よりも、胡乱な発言で歌仙の眉間に皺を寄せるのが得意だったのである。

「ところでお前、報告に来たんじゃないのか」
座り込んだままの青江に審神者が問うと、そうだったね、と青江が報告を始める。今回の出陣先は鳥羽、ちょうど幕末の頃の時代だ。初めての戦地であったが、全員無事に帰還したとの報告を聞いて審神者は改めて安堵する。
「歌仙と堀川はどうした?」
「僕が報告に行くと言ったら、二人とも夕餉の支度に取り掛かったようだよ」
僕が手伝うと言うと、歌仙くんが嫌な顔をするからねぇ。心外だと言うように青江が呟いた。そのことについては触れずに審神者は青江に労いの言葉を掛ける。
「……まあ、お疲れさま。怪我がないならお前も夕飯まで休んでいてくれ」
「それじゃあ、これは返すよ」
金平糖を返そうと青江が腕を伸ばす。
「なんだ、結局いらないのか……」
それを受け取ろうと一歩近づいた審神者は、青江が伸ばした方と反対の腕をぴたりとくっつけるように閉じていることに気が付いて首を傾げた。
「……」
「どうかしたのかい?」
「いいや……それ、返してくれ」
しかし審神者は瓶を手渡そうとした青江の手をスイと避けると、閉じられた方の青江の腕をがしりと掴んだ。あ、と青江が口を開くのを視界の端に捉えながら、そのまま腕を持ち上げる。
「……怪我、してるじゃないか」
「あーあ、バレちゃったか」
溜め息交じりに審神者が咎めると、青江は然して堪えた様子もなく肩を竦めた。脇腹の辺りを走る掠ったような傷は、血こそ止まっているが上着とシャツを裂いて赤く染めている。隠して放っておくつもりだったのだろう、審神者は青江を睨み付ける。
「報告は正確にして貰わないとな?」
「歳を弁えて、不要な負担を掛けないようにしたつもりだったんだけどね?」
「……まったく」
手入れするぞ、と審神者が青江の腕を引くと、大した傷じゃないだろう、と呑気な声が上がる。
「大だろうが小だろうが、傷は傷だ」
「資材だって不足してるのに」
「……お前なあ」
審神者は青江の手から乱雑に瓶を奪い返すと、相変わらず飄々とした態度の青江に真正面から顔を近付けた。長い前髪の合間から、微かに見開かれた紅色の瞳が覗く。
「そんな余計な気遣いを理由に怪我を隠すようなことが二度とあったら、本気で怒るからな」
審神者としての、主としての威厳を少しでも感じさせることができるように、低い声で。しかし青江は数回瞬きをしてから、すぐに普段通りの表情に戻ってしまったので効果があったかどうかは定かでない。
「君がそう言うのなら」
「……分かったならいい。ほら、手入れするから、脱げ」
「おや、大胆だねぇ」
「だからお前は、そういうこと言うから……」
やっぱり分かっていない気がする。意味深に笑む青江に、審神者は小さく溜め息を吐いた。



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