精神的絶頂を迎えたようだ
なんというか、ポケモンセンターに入ったルビーが目にしたのはなんとも奇妙な光景だった。
「むぐぅ…うぅうむ…やっぱり難しいなぁ…」
「あはは、やっぱり少女ちゃんって見た目通りだよね」
「……それってどういう意味ですか…」
「予想した通りそのまま期待通りってことです」
「ちょっ…ヒカリちゃっ…!!」
「誉めてるんだよ」
「そうです誉めてるんデス」
「最後舌足らずだったけど!!?」
「(……………何だろうこのメンツ)」
朝早くからパフォーマンスの練習に出掛けていたルビーが夕方になってやっとポケモンセンターに帰ってきた時のことだ。
実は今日は夜からヒカリと少女とご飯を食べよう!(突然少女が言い出した)と事前から計画を立てていて、18時に待ち合わせね!と少女からメールしかり電話まで頂いていた。
勿論内心激しく舞い上がったルビーは二つ返事で約束を受けた訳だが、後にヒカリも来るという事を受話器の向こう側から鼓膜を突き抜けたことで激しく落ち込んだのはもう昔のことにする。
まあとにかく少女と飯が食えるなら、と半分自棄になったルビーは今日を待ち望んでいた訳なのであるが。
「あーやっぱり無理だって!だって輪っかにすらならないんだもん!ほら!むぐぅ」
「心の内面が写し出されてますね。それだけ不器用だということでしょう。少女さんらしい」
「ヒカリちゃああああ」
「だから誉めてるんだよ少女ちゃん」
「だっ…だって!どこが!?ボク普通に貶されてるよね!?そんなヒカリちゃんはでき…」
「私に不可能という文字は辞書には載せないことにしてます」
「テラチクショォォォ」
ポケモンセンターのロビーで待ち合わせなのは確かだが。もう少し静かにできないのだろうかこの人達は。そこには憧れの可愛い可憐で素敵な少女さん(※俺ビジョン)とにっくきライバルのヒカリがいる。まあその二人は想定内だが、何故かその輪に混じって白衣を羽織ったユウヤさんまでいる。いや、なんであんたがこんな所に居るんだ。何普通に馴染んでんの。あ、少女さんが拗ねて膨れている相変わらず可愛いです少女さん何をしても素敵だ。
「…あ!ルビー君!お疲れ〜」
何やら今まで難しそうな顔をしていた少女さんが俺に気付いてくれた。まるっとした透き通る蒼い瞳はいつまでも綺麗だ。その日差しのような笑顔はいつに増しても爽やかで、俺の疲れた心を少しずつ癒してくれるような。いやいっそのこと俺ごと浄化してくれてもいい。
デレた心はきっと顔にも出ていることだろう。必死に建て直しながら少女さんに手を振り返すと、ヒカリも何故かそこに居るユウヤさんもやあ、と手を挙げた。いや、やあじゃなくて何であんたそこにいるんだ。っていうか何を集まって、少女さんはこんな難しい顔をしているのか俺にはさっぱりだ。
「あ!そうだ!ルビー君もやってよ!」
「は?」
「口で茎結ぶの!」
そう言われてああ、と納得した。さっきから難しい顔をしていた理由がわかった。
そこの机に転がっているさくらんぼの茎を見ると、何やら予想はつく。さくらんぼ。昔興味本意でチャレンジした事があったようなないような。
「少女ちゃんはできないんだよね。茎結び」
「気合いでなんとかならないんですか」
「気合いでなんとか出来たらもう終わってるよ…!だって口の中で輪っか作るどころか丸まらないよ」
「気合いでなんとかならないんですか」
「…………」
「ヒカリちゃんヒカリちゃん、とりあえずもう少女ちゃん苛めないであげて。悔しくて泣いちゃいそうだから」
「泣けばいいじゃないですか」
おいヤメロ。それ以上少女さんを苛めてくれるなお願いだから。泣いた少女さんもそれも良いけど苛められて泣かされるのは嫌だ。いや許さん。
あれ、っていうかヒカリ今日なんだか冷たくないか?Sだからか?好きな人を虐め刺したくなるドS心が少女さんの何かに反応してるのかお願いだからやめてくれよヒカリ。犯罪には手を染めてくれるなよ俺絶対何もできないいやしない。
「っていうか、さくらんぼもう無いんだよね…さっきので最後だったし」
「ええ!?じゃあルビー君できないじゃないですか!」
少女さんが心底残念そうな顔で机の上のさくらんぼの残骸を見る。宛ら餌をくれない飼い主を健気に待っている子犬のようで心撃たれた。うん、撫でたい。
「や、大してそこまでしたい訳じゃ…」
「う…どうしよう…何か代わりのもの…。あ、」
え、何だ、と彼女を見る。少女さんはいいこと考え付いたと言わんばかりに目を輝かせた。
そして、さもナイスアイデアと言わん顔で自分の、今まで口の中で転がしていた茎を指先で掴んで俺に、俺 に 差 し 出 し た。
「はい、これ使って!」
「……な、…な、……ちょ、…ばっ……」
この馬鹿ァアアアッ!!!と言葉にならない声が出ないくらいに絶句した。たぶん、俺が生きてきた中で一番絶句したと思う。ああほら、隣のヒカリが黒い眼差しで俺を睨み付けてる。今にも射殺せそうな強烈な目で俺をガン見している。勘弁してくれ…!
そして爽やかな笑顔と共に差し出されたそれは今まで少女さんの口の中に収まっていたものだ。え、ちょ、ま、少女さんそれ本気?絶句で固まった俺に心配そうに顔を覗き込んできた少女さんは、困ったように眉を八の字にさせてオロオロとしだした。ああクソ可愛いなオイ。
「……少女ちゃん、あーんってしてあげな。あーんっ、て」
「…!!」
こ…この人…!!この人俺が少女さん好きなのわかって…!!しかもそれを楽しんで…!!
だって見ろあの心底楽しんでます面白いですと言わんばかりの笑み!凄い悪い顔してるゥゥゥ!!
「え?あーん?あ…あーん…?」
瞬 殺 さ れ た。
違った。射殺そうとしたのはヒカリじゃない。少女さんだった。よくわからないのか首を傾げて茎を指に挟む少女さんは何だ。人類の最終兵器とも呼ぶに相応しいレベルで俺の砦を一瞬で破壊した。流石少女さんだ。何だこれ何だこのアングル最高だ。
「え」
だがしかし、絶句して固まっていたことには変わりはない。唖然とした俺の半開きになった口内に茎が放り込まれたことに気付くことに数秒かかって、それすらも唖然。
「ルビー君!早く早く!レッツトライ!」
「えっ…あ、はい……」
ごめんなさい少女さん。まずその隣の女の子をどうにかしてくれませんか。その長い爪で引き裂かれそうです。
無理矢理気を取り直して、いや、もう自棄だ。意を決して口内の中にある茎を定位置へと調整するべく茎に舌を絡めた。が。
――ぬるっ、とした粘膜が舌先を掠める。ぬるり、と茎に絡まる粘着質な。いや、ちょ、待ってくれ。
「(…こ…これ…少女さんの、だ、だだ、だえ、)」
最早俺の頭の中はショートというか爆発寸前である。茎を舌が掠める度に舌先に絡まるそれは。
「(……少女さんが口に入れた……少女さんが舌で転がして……少女さんの唾液が……)」
「(…………少女さんの、味………)」
立っていることが不可能でガクン、と膝が折れた。
「ちょっ…え、えええ!!?ルビー君んんんんん!!???」
ルビーは口元を覆って俯いたまま、腰が砕けフラフラと力のない両足を引きずるようにして床に伏した。足元が覚束なくて硝子窓に頭を強打したがそれすらも感覚がない。もういっぱいいっぱいだった。体重を支える足はガクガクしていて腰は既に骨抜きにされている。
腰からビリビリと電気のようなものが走っているが、同時にチカチカと目の前がショートしている。ルビーは耐えきれず壮絶な自己嫌悪と押し寄せてきた精神的絶頂に苛まれていた。
少女は急変したルビーに驚きを隠せない。
「ル…ルビー君んんんん!!ちょっ、しっかり!なっ何があったのォォォ!!」
「…俺に構わないでください…」
「何で!!?」
何故だか全身が痙攣している。想像以上の破壊力を持ったそれは言い換えると悪い意味で猛毒だ。
暫くは立ち直れそうにない。
「(…こ、こんなこと、レッドさんに知られたりしたら…)」
確実に殺されるだろう。よくて生き埋めだ。そんなの嫌だ。
「はいはい、とりあえず遊びはここいらにして!じゃあね少女ちゃん。ケガしないようにね」
「あ、はい!ありがとうございました!ユイ兄によろしく伝えてください」
「うん、わかってるよ。じゃあ…ヒカリちゃんもルビー君も、またね?」
軽く会釈をするヒカリの隣、少女さんはブンブンと手を振ってポケモンセンターから去っていくユウヤさんを見送った。
そして、何か意味あり気ににんまりと視線を投げ掛けてきたあの人。何あれ確信犯なのか。
「良い土産話ができたなぁ」
あっはっはっは豊作だよねぇ。
誰に暴露するのかは想像できるがお願い止めてくれ!!
精神的絶頂を迎えたようだ
(ルビー君、大丈夫…?)
(………大丈夫です。それより、こういう事はホイホイ違う男にやるもんじゃありませんよ少女さん)
(え?)
(ムッツリだと何をしでかすかわからないって事です。少女さんソイツから離れてください危険です)
(え?)
(この野郎ヒカリ…!!!)