優しい味




休憩中にも仕事中にも突然呼ばれて、茶を入れろだの何だの言うのはいつもの事だ。



「(…………この給仕って、何も私じゃなくても良いのよね)」



いつも通りこの王補佐、またの名を名高い雷帝、そして親しく言うなればゼオンに茶を淹れようとポットをじっと見張っているのは今から数十秒前くらいだ。少し横を見れば銀色の彼はザカザカと書類にペンを走らせている。恐らくは少女がカップを差し出さない限り中断する気は無いだろう。
それをぼんやりと見ながら再びポットへと視線を移した。

今日も給仕は少女一人。いや、今日も、ではなくずっと、なのだけど。そう、この方今まで給仕にずっとコキ使われ続けていた少女。ずっとずっとずっと、ゼオンは給仕には何故か少女にしか頼まないのだ。いや、それに関して不満も面倒も思ってはいないのだが。

蒸れた茶葉を出しながらカップに注げば優しい香りが広がる。別に何も給仕をするのは少女だけとは規定なんて全く無い。仮にも今までメイドさんや執事みたいな魔物がそこいらで給仕しているのだがら。
何でわざわざ、しかも時には忙しいと分かっているのにも関わらず、ゼオンは少女を呼び出すのかわからなかった。

コト、と淹れたカップを差し出せばゼオンは決まった動作で作業を中断する。ぼんやり思っていた事。会話のネタにもなるし、聞いてしまおうか。



「ねぇ」

「何だ」

「どうしていつも私なの」

「…………?」

「給仕よ」



ゼオンは受け取ったカップをそのままに、パチ、と紫電の瞳が開いたまま少女を凝視する。「は?」と、正しくそんな表情である。けれど給仕、私じゃなくても良いじゃない。と少女が続けた言葉にゼオンは急に眉を潜める。どいやら不機嫌になってしまったみたいだ。「何故そう思う?」…そう聞かれれば、分からない。何故なら只の疑問だったからだ。不満も無いのだし。メイドさんや執事じゃ駄目なの?と聞くと更にゼオンの眉がつり上がる。



「………嫌か、お前は」

「いいえ?別に、嫌じゃないけど…」

「なら何故?」

「ただふと疑問に思っただけよ」



そう少女の答えに、少しばかり安堵したようにため息を着いたゼオン。だがしかし不機嫌さは抜けきれていないみたいだ。はあ、とまたため息を着きながら「お前な、」とゼオンは少女に向き直る。



「男ならともかく、お前考えてみろ。メイドは女だぞ。…今みたく俺が一緒に相手していて良いのか」

「………………残念ながら喜ばしくは無いわね」

「……。魔女殿の回答にしてはまあまあ良い方か」



言われてみてそう考えれば何となく、嫌だった。
少女の回答に少しばかり落胆したゼオンに少女は首を傾げる。もう少しばかり否定してくれた方が彼にとって気分は良かったらしい。今更こんな事言えた義理でも雰囲気でも仲でも無いが、とりあえず二人の中は恋仲だ。お前は俺の何だ、と問いかけるもあっさり恋人?と返してしまう辺り実感はやはり薄い。



「それに」

「?」

「何年もお前の淹れた紅茶しか口にしてないからな。もう味が定着してるから他は要らんし飲めん」

「え、」



優しい味

(いつも淹れてくれる味が好き)




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