白い指、綺麗な指




「……貴方、手、綺麗よね」

「は?」



突然補佐室に呼びつけられて、茶入れろだなんて命令されて、没頭に至る。

“カップを温めて熱湯で蒸した茶葉を見ながらそれを温めたカップに入れて人肌に温めたミルクを足して砂糖を入れてカップをゼオンの前に。”それが一連の動作だ。今一呼吸で一段落区切らずに言葉を繋げた私、凄い。だなんて思う少女。


ゼオンから突然呼びつけられた。
予想は、否。茶を入れに来い、と言う彼の暗黙の命令投下である。とりあえず今は勤務中で、これも仕事だし仕方ないと目の前に浮いている補佐室専用の無線水晶を切り、給油室に向かった。ポット、カップ、茶葉缶、それら一式を抱えて補佐室へと向かい、王室の隣にある目当ての扉へと向かってノックする。

……返事はない。と言うのも、今此処に来るのは少女しか居ないと勝手に思っているのだろう。そもそも気配で分かっているだろうが。扉を静かに開ければチラ、と紫電の瞳が少女を映す。直ぐに外されるのも分かっているのでさっさと給油台へと向かった少女は、ポット一式を置くと直ぐに準備へと取り掛かった。
彼は作業中である。けれどそんな事お構い無しに「何にする?」と問うと「普段のやつ」と実にスパンと切って返した。…まあ、予想通りの答えだ。彼は“いつもの”を彼女に頼むのだ。そして外見に似合わずミルクティーは甘めの味を好む彼は案外意外である。(このしかめっ面からして誰から見ても無糖派だと思う)

そして淹れたカップを斜め手前に置くとゼオンは作業を一旦中断し、手首の関節や指の関節を遠慮なく鳴らす。バキバキ、と宛ら優しい音では無いが、彼にとって息抜きの骨休めの手順だ。眉間に皺を寄せながらコキコキと首を捻るゼオンに「お疲れ様です」と声をかけると、「ああ」とまたそんな手短な返事が返ってくる。まあいつもの会話だ。早速と言っていいくらいに早くカップに手を付けたゼオンは、カップを早々に口に運ぶ。…相変わらず流れる動作が綺麗である。滑らかで無駄が無い。よく考えれば彼は戦闘でも滑らかで無駄が無い綺麗な戦い方をする、とこの時ふと思う。いや、荒々しい事には変わりはないのだが。どこか綺麗で気品があるというか何というか。やはり王子だからか。英才教育の賜物だからか。あ、その指使い綺麗。そう言えば雷帝殿っていつもあんなに殴ってる割には手綺麗よね。

…………などなど。本当にどうでもいい事ばかりぼんやりと考え、雷帝殿を観察していた。今は執務中だからか手袋は外され、いつも戦闘を切って戦う戦士だとは思えないくらい綺麗な指がカップを絡めている。羨ましいくらいだ、と少女は思う。



「おい」

「、え?」

「さっきからジロジロと…何だ。穴が空く」



意識の飛んでいた少女に、ゼオンが突如声をかける。当然反応が遅れた少女に彼は訝しそうに首を傾げるが、言いたい事があるなら早く言えと突っ掛かって来るので素直に言う事にした。なのに、「は?」なんて返されてしまったら困るのは少女だ。素直に思っている事を述べてやったのにその反応は困る。



「……何か吹き込まれたか?」

「いいえ何も。ふと思った事よ」

「指が綺麗なんて言った奴、…お前が初めてだぞ」

「まぁ、そう」

「…………フン、少女、」



来い、と手招きされた。

まるで犬のような扱い。それに少しだけイラッと来たが、渋々と近寄れば左手を取られる。スルリ、と彼の指に掬われるように一本一本丁寧に絡めて撫でれば、ゼオンは観察するように少女の指を眺める。



「白いな」

「……そう?」

「本当に毎日毎日毒薬作ってる奴の手なのかわからん」

「毒薬なんて…あ、いやまぁ、そう、ねっ………!!?」



何を思ったのか知らないが、ゼオンが唐突に唇を寄せる。指先に薄く、柔らかな感触に驚いて引っ込めようとした少女に、ゼオンは促すように紫電の瞳を静かに向ければビクリと肩を揺らした。

硬直に近い形で固まった少女を満足気に口端を吊り上げ、ゼオンは密かに喉奥で笑ながら人差し指に口付ける。指を指で絡めながら、口付けたまま指の付け根にと移動すれば面白いくらいに反応する。とりあえずゼオンは楽しいらしい。少女の頭の中は最早真っ白だ。
しかし口付けを繰り返していたゼオンがやはり面白気に、その指を口に含んだ事で彼女から小さな悲鳴が上がる。生温かなものが指先を舐め上げる感覚に、背中を何かが這いずって行く感覚を覚える。ビリビリした電気のよう、な。

そしてやっと喉の奥から出た声が裏返った声だった。



「ちょっ…!!なっ…ななな何して…!!?」

「白いな」

「え、ちょ、やめっ…」

「細くて形も良い。俺より綺麗じゃないか」

「ヒィィィッ…!!ちょっ、と馬鹿!舐めんのはっ…!!」

「柔らかくて、肉厚も程良い。

……喰い千切りたいくらいだ」

「…………!!!??」



真っ赤になり涙目になった少女が、張り手をその顔面に撃ち込むのは数秒後だった。



白い指、綺麗な指

(それは調子に乗って手首を舐め上げた時に視界がぶれる)




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