女の子だから
それは、顔色を見れば一目瞭然である。
いや、それよりも。
「お前…」
「……………何よ」
「血の匂いがする」
「………!」
そう向かい席のゼオンが言えば少女は顔をしかめた。
王の室内の隣にある王補佐室。これはつい最近の話だが、前までは王とその補佐の仕事部屋は都合上一緒の部屋(王様ガッシュがサボりまくる為)になっていた。けれどもガッシュも、この頃サボらずに時間を決めきっちり業務に勤しむ為、もう心配要らないだろうとつい最近になって双子は別々の室内になったのである。
なので、今はこの部屋はきっちりと“王補佐業務室”だなんて名前があるのだが。そんな中、今まで王室に仕事関係(プラス仕事もしないで遊びに来た不届きな奴ら)で訪れていた者は数百と数沢山居たが、こうして分裂してしまうと補佐室には一日に百人も仕事人は来ない。それどころか半分ちょいの人数である。それに関しては騒がしくない静かな場所を好むゼオンにとって、とても喜ばしい事だ。今まで弟の友達連中が何の用も無いのに王室に訪れては馬鹿騒ぎして帰っていく日常。やっとその一日の仕事も終わり、一段落着いたと思ったらその煩い連中が来てはいつも内心ゲッソリしていた。煩くて煩くて休めもしないし怒りと苛々はピーク。休めるもんも休めもしない。そして煩いと怒鳴り散らす。だがしかし一人になった室内ではそんな労力は一切ない。かなり助かるしかなり喜ばしい事である。
……そこらに関しては時間を決めて真面目に業務に取り組むようになったガッシュに感謝はする。
そして。
今まで王への書類を頻繁に持って来ていた彼女と顔を会わせる事もかなり久々だ。…そう。思えば、まだガッシュと同室だった頃。彼女は“ガッシュへの仕事”を毎日持って来るため、必然的にゼオンといつも顔を会わせる形になっていたのだが。あまり補佐への仕事を持ってこない彼女とは前よりも顔を会わせる頻度が減っていた。だから彼女…少女と顔を会わせるのはかなり久々である。今日で二週間振りくらいだ。
「………………」
「………………」
少女と顔を会わせるのは久々である。時間で言うとざっと二週間振りくらい。
しかも仮にも彼らは、周りは知らない者があまりにも多いが恋仲同士である。しかも恋仲に発展してからそんな時間が経っていない。普通なら、同じ敷地内に居て二週間顔を会わせていないなら、それなりに反応を示すだろう。だがしかし、この二人は少しとはちょっと違った恋仲である。それは今までの関係と全く変わらない態度やスキンシップだってそんな極端に変わらない。長年一緒に居たからこそ態度も何も変わらない関係なのだが。けれどもティオから言わせてみれば異様だとか何とか。昔から一緒に居たとは言え意識が変われば何かしらこう、二人きりになったらオーラがピンクになるとか何とか…彼女のイメージカラーをそのまま持って言われるが、残念だがそんなピンクは無い。ピの字すら無い。抹消レベルである。
良く言えば二人は自然な態度で、悪く言えば何も進展も無い二人。
そんな明らかにベタベタするどこかのリア充と呼べる輩のように必要以上にベタベタもしないし、口付けもしない。あったら寧ろ怖いと思うし気色悪いとさえ感じてしまう。どこか体調が優れないのかとか悪いモノでも口にしたか、とか。本当に、そんな関係。むしろそれが当たり前というか自然と言うか。でもやはり、前と比べたらスキンシップもそれなりには多くはなったと言える方だ。
そう、そんな彼女だが。今ゼオンの目の前に居る。しかも凄い青い顔して。
「……おい、顔が青いぞ」
「……あら、雷帝殿は二週間会わなかった内に目まで腐ってしまったのかしら」
「お前は二週間会わなかった内に体調管理まで出来なくなったガキにまで成り下がったらしいな」
「すこぶる気分は上々よ。ガキでも体調管理くらい出来るわ」
「安心しろ、まだ老いぼれでもないし俺の目に狂いなんて無い。お前自分の顔を鏡で見てからそう言え」
いつもの眠そうな顔から一変して、少女の顔色は他人の目から見てもわかるくらいに宜しくない。そして青い。明らかに不調だ。そしてしかめっ面のまま少女はフラつき様にゼオンに近づき、抱えていた書類を机に落とすように置くとゼオンは不機嫌そうに眉を寄せる。
甘い空気?何それ美味しいの?
ゼオンの銀髪の隙間から紫電の瞳が少女をギロリと睨み上げ、負けじと少女の金髪の隙間から薄紅色の瞳でギロリと睨み付けた。
甘さなんて抹消だ。
「…………?」
その時、微かに鼻に掠めた匂いにゼオンは少女のスカーフを遠慮なく掴んだ。掴まれたスカーフが引っ張られ、スカーフを止めていた魔法石がギラ、と鈍く光る。「な、何」と突然の行動に驚いた少女が身を引く。
鼻に掠めた匂い。いつもの少女独特の甘い匂いに、血の匂い。…そうか顔色が優れない原因はこれか、とゼオンは一人勝手に納得し、グイとスカーフを引いた。吃驚した少女が作業机に手を思い切り着いた音が部屋に響く。至近距離の二人の顔は、体制によってはゼオンが少女にメンチを切っているかまたは怪しい雰囲気の一歩手前、と見えなくもない。
グイ、とまた強くスカーフを引っ張れば少女の眉が益々寄せられる。
「情けんな。呆気なく怪我か魔女殿」
「はあ?別に怪我なんて…」
「………おい」
「………何よ」
「………血の匂いがする」
「…………!」
途絶、少女は面白いくらいに顔を更に真っ青にさせた。心無しか、口元が引きつったようにも見える。
そんな反応に図星かとゼオンは舌打ちし、少女の傷の具合を見ようと手を伸ばす。しかし焦ったように後退した少女に、掴んでいたスカーフはスルリと手の中から抜け、代わりにその手首を掴んだ。
「ちょっと、離しなさいよ…!」
「その傷手当てしたら離してやる」
「だから怪我なんてしてないって言ってるでしょ!大丈夫だから…!」
「嘘言え!血の匂い充満させてる奴が言う事か!とっとと医療室に行け!」
「だからしてないし行く必要も無いわよ!大丈夫って言ってるじゃないブラコン!!」
「大丈夫じゃなさそうな血の量だから見てやるって言ってるんだろうがこの惰眠女が!!医療室に行くか俺に見せるかどっちかにしろ!!」
「どっちも必要ないわよ!!」
そうこうしている内に激しい攻防戦が始まってしまった。ギシギシと手首が悲鳴を上げる中それでも見られる事が嫌なのか、少女は更に焦ったようにゼオンから離れようと距離を置く。ゼオンもこれ以上力を入れて引っ張れば、超弱小な彼女の腕は抜けかねない。迂闊に力を入れられないゼオンにしてはかなり面倒であった。しかも机を間に挟んだままこの体制はちょっとばかしキツいものがある。…かと言って、このまま放っておくのは彼のプライドが許さない。
その時、ジワリとまた血の匂いが多くなった気がしてゼオンの眉間に皺が増える。傷口が更に開いたのだろうか。………図星のようだ。眉を寄せて無意識に手で腹を押さえる仕草をした少女に、またゼオンは舌打ちを一つ。その隙にマントを伸ばし、彼女の体ごと机の上に乗り上げた。書類が大変な事になっているが気にする余地はない。
そして完全に包囲されてしまった事に真っ青になる彼女。
「腹か」
「ちょっ…お待ちよ…!貴方っ、何する気…!」
「医療室に行くのが嫌なんだろう?だったら俺に治療されるしかない。その後にも医療室にブチ込んでやるよ」
「それどっち道医療室に行くんじゃないの…!!」
逃げないように腰を片手でガッチリと押さえ込み、引き上げた勢いで少女の足の間にゼオンが割り入っている。それを全力で両手で押し返す真っ青通り越して紫になりつつある少女は、今の体制が非常に危ない体制だと言うことは欠片も頭の済みには無いようだ。事情を知らない他人が見たら、今から非常に危ない行為へと発展しそうな勢いと体制。本当に危ない。
腹の傷を見ようとするが、そうだこの服はボタンが無い。被るタイプのものでかなり面倒な衣類だ。ゼオンにとって今更女子の下着を目に入れる事は立場上にも慣れている事もあり、方法はスカートを捲り上げる思考回路しかない。
相手が恥もない自分の地位や権力目当てな淫らな女なら、躊躇いもないだろうが、相手は少女だ。多少、…いやかなり戸惑いはあるが致し方なかった。
スカートへと手を掛ければ少女は物凄い勢いでスカートを押さえ、奇声を上げる。
「ちょっ…!!待っ…本当に勘弁して頂戴…!!」
「お前が出血死する方が勘弁だ」
「だから!だから違うって言ってるじゃない…!!」
両者恥じらいと言うものが一切ないのはツッコミ所だ。最早互いのプライドのみで張り合っているのだろうが、際どい所まで捲り上げられたスカートに限界を感じたのだろう。
少女が泣き叫ぶように上げた言葉にゼオンは固まる事になる。
「せっ…――、
―――――生理痛よ!!」
「……………は?」
ビシリ、と固まったゼオン。
生理痛。女だけにある身体組織。
固まったゼオンに、ワナワナと羞恥に震える少女。我に返れば相当凄い体制になっている。スカートなんてギリギリだ。彼女にとっては拷問を受けた感覚に違いない。仮にも惚れた男に生理現象を自白するのは抵抗がある。
…けれども、少女に生理痛が現在あるという事は、身体は正常に働いているらしい。あのニー・ヘルズの一件以来、子宮に甚大なダメージを与えてしまった事からもう子を成す事が出来ないかも知れない、とティオが密かに言っていた。―――しかし、心配はなさそうである。
だが妙な安心が抜けた瞬間、場違いな怒りとも取れる八つ当たりが口を切った。
「……ッ事は…早く言え大馬鹿野郎ォオオオオオッ!!!!」
「はぁああああああ!!!??」
再び始まる喧嘩第2ラウンド。
それくらい心配なんです
(貴方のそう言う強引な所が嫌いなのよ!!ブラコンの癖に!)(心配して悪いか惰眠女…!!)(……!!?)