イキモノ
昔から笑わない奴だった。何をしても無表情で口数少なくて、欲が無くて。怪我をしても泣き言一つ言わずに黙って傷を手当てする。いや、手当てなんかしていなかったかも知れない。幼馴染みとして小さな頃から付き合ってきた俺はあいつの笑った顔や泣いた顔なんか見たこともないし、キャッチボールで交わす言葉もそんな続いた試しが無いくらいの無表情無口な奴だった。レッドと言う人物は。
「グリーン」
「…………あ?」
「なんで、人って泣く」
「なんでって、悲しいとか痛いからとか…嬉しいから泣くんだろ」
「うれしいから」
昔から、無表情無口なくせに何でも器用に事をこなすのがこのレッドだ。言われた事を何も言わずにこなし、持ってこいと言われた物を運び勉強しろと言われたら勉強する。こいつはどこか人間性が欠けていた。人よりも感情表現が難しい人種。医学はそれを何と言っていただろうか。何でレッドがそんな事になったか知りたい訳じゃないがそんな幼馴染みを気味悪がる奴らもいたし、影で悪口を言う同年代の奴らも居た。そんな奴らを俺は無性に許せなくて口で盛大に罵ってやった事がある。感情表現が下手なだけ。只それだけじゃないか。表現や言葉が無くても俺は幼い頃から付き合っていく内に少しだけ、理解も少しずつ出来るようになっていた。
「うれしいから」
そんなこいつが。
「でもレッド、それは違う」
初めて泣いたのだ。
「それは嬉しいからとか、そんなんじゃない」
「違う」
「違う。人って嬉しい時や悲しい時は泣くもんなんだ。今お前は、悲しくて泣いてるんだよ」
「悲しい、」
「そう」
レッドの小さな手のなかに有る動かないコラッタ。抱えていると言うより持っていると言った表現の方が正しいだろうか。
初めてレッドがイキモノに興味を持った。それがコラッタだった。怪我をしたどうやら生まれたてのコラッタを只、“持ち帰っただけ”のレッドに手当てを教えたのは俺。それ以降コラッタは野生に帰ろうとはせず、純粋にレッドになつき、レッドの後を親に着いていくように歩いた。無関心のように見え、他人から見たらわからないだろう。僅かながら小さなイキモノに初めて興味を持ったレッドは自分なりに世話をし始めた。そんな友人の小さな変化に俺も大袈裟に喜びながら時々手助けをしながら世話をした。
だが、誤って死なせてしまった。
間違いなくレッド自身の手で。まさか動かなくなるとは思わなかったのだろう。少しの掌の力を加えてしまい窒息死した。コラッタは生まれたてのイキモノ。体のつくりや気管などの発達はまだまだ未熟なイキモノ。ハムスターを片手で握り潰すのと同じ、呆気なくコラッタは死んでしまった。
感情が人一倍乏しい幼馴染み。
それが初めて他人の死に対して悲しいと感じた。本人の意思に反して涙が溢れている。レッドからしてみれば泣いたのは今日初めてなのかも知れない。
「そいつはもう動かない。死んだんだよ」
「死んだ、」
「そう。だから動かない」
まだまだ幼い俺達からしたら死に直面するには少し早すぎたかも知れない。
「なぁ、グリーン。死ぬって、 何、」
こいつにとって、それはあまりにも残酷過ぎた。
リアルの小話掲載