三十六華
今日は快晴だった。
「ごめん、ごめんね、」
「……母さん、今日は良く喋るな。体調大丈夫なのかよ」
「……」
いや、大丈夫なわけがない。
そんなにも血を滲ませて、爪の間も血が滲んでいる。
我慢しているだけだ。
背中の傷を避けて優しくタオルで拭く。
暖かいお湯で洗って、絞って、首の後ろを温める。
「私、本当に、幸せだったと思うの」
「………何言ってんだよ」
「こんなにも暖かな家族に巡り会えたんですもの」
「……縁起でもねぇよ…母さんそれ」
「ユイがね、私のところに来てくれて、本当に嬉しいの。可愛い娘も生まれて」
「腕、上げて」
ゆっくり腕を動かす。
動かす事はできるが、上げることはもう出来なくなってしまったのを隠しているようだが、そんなの見ればすぐにわかるというのに。
タオルを絞る。
腕を優しく拭く。
傷口を消毒する。
ガーゼで抑える。
「ユイ」
「なんだよ」
「アヤと、仲良くね」
「……はぁ?」
「お兄ちゃんなんだから、アヤを守ってあげてくださいね」
「だから、縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ…!」
「約束、よ」
ギュッ、と母から抱きしめられた。
頭を撫でられ、頬に口付けされる。
頬ずりされる。
愛おしいのだと、全身で語っている。
この人は、そういう愛情表現をする人だったのか。
「…っ妹だからな!言われなくても…早く寝てろよ!」
バタン!と扉を閉める。
「フフ……そう、いい子…。」
荒っぽく出ていった息子を愛おし気に見送る。
あの人と瓜二つ。
娘も、この場所も、みんな、大切な私の宝物。
「やくそく、よ」
視界が霞む。
ベッドに倒れ込む。
口の中が、鉄臭い。
腹部が、熱い。
心臓が、痛い。
今はもうこのベッドも、あの人の匂いはしないけれど、
目を閉じるとあの人がいる。
いつまでも。
いつまでも、
優しく微笑んで、包んで、口付けして、
「 サク ヤ さ ん」
いるはずのないあの人を追いかけて、目を閉じた。
三十六華