三十三華
家の中は、悲惨な状態だった。
帰ってきた家は泥棒なのか、それとも荒らしが入ったかのようにひたすらに物が散乱していた。倒れた家具、壊された壁、泥にまみれた床、そして──。
『私が』
「………」
『ワカナ様と、ユイ君は寝室の方へ。まだ被害は少なかったのでここよりかはマシです』
「……ですが、」
アヤを抱くワカナは部屋の中の有様を見て、俯いた。夢ではない、と突きつけられているようで。
玄関より先にはルカリオは進もうとはしなかった。ここで各寝室に繋がる通路なので、ワカナとユイを一刻も早く自室に返したかった。リビングには、ミツハニーとワタッコの遺体が、そしてあの時サクヤに切られ、転がっている獣人がいる筈だった。
そんな光景を、また2人に見せたくなかった。
『ユイ君、ワカナ様を寝室までお連れしていただけませんか?』
「……お前一人で、"アレ"を片付けるつもりかよ」
『私は、慣れていますよ。ユイ君』
「青棘、」
『…大丈夫ですとも。君がそんな顔をする必要がどこになさいます。さあ、ユイ君。アヤちゃんもそのままではいけない。ちゃんとした場所で寝かせておやりなさい』
ルカリオはユイの両肩を掴んで寝室の方へと押した。
重い足取りの中、ユイは母の手を掴み自室へ繋ぐ通路に歩いて行く。重い、足取りだった。当然だろう。
それを見届けて、ルカリオは深く息を吐いたのだった。
一呼吸して、リビングへ踏み出した。
有様は、そのままだった。
『鈴虫、蜜虫』
改めて見る無残な姿になった二匹を前に、何も言葉が、出てこなかった。だけれど、あの洞窟内で見たどの遺体よりも綺麗な状態で残っているのが救いか。
『………』
思えば、この二匹にはいつも自分の体調を心配されていた。
体はもう温かな温度はない。柔らかさもない。ぬるり、とした液体が手と腕を汚した。二匹を抱えあげ、更に端っこに転がっている獣人の子供の遺体を脇に抱えた。
ズルズルと向かった先は海岸だ。ボチャンっと音を立てて獣人を海に沈める。ゆっくり沈みゆく遺体を見て、その時思ったこと。
『(主も、沈んで行ったのか)』
あの時、あの時、あの時。自分はもっとどうして、何をすればあんな悲惨な事にはならなかったのだろう。
どうしてやれば己の主を、あの人の夫を、あの子らの父親を、失わずに住んだのだろう。
どうすれば、
『…………くそっ…!!』
握った拳から、血が滲む。
2匹の遺体を、奥深い土に埋めた。石を積み立て、黙祷する。
次は、次はどうか、もっと良い生を。
───それから。
ルカリオは家の中を片付け、リビングに染み付いた血や、体液など全て綺麗にして磨き上げた。もう染み付いてどうしようもない床や壁は削ったり、貼り替えたりしてやり過ごした。
ユイも途中から寝室から出て、めちゃくちゃになった家具や壊れた物を纏める作業に移っていた。
何でもないかのように黙々と作業を続ける長男に、ルカリオは微かに思う。強がりな子だと。本当は泣きたくて、叫びたくて、縋りたくて仕方がないことを知っている。あれだけ自室に戻っていろと言ったのに。本当に人の言う事を聞かない。誰かと似て。なぜ甘えようと、弱音を吐かないのか。それは、ルカリオにはわかっていた。…わかっている。
「母さんと、アヤを頼む」
きっと、
あの主の言葉が、
あの約束が。このまだ小さな子供をそうさせているのだろう。
妹には当然弱音なんか吐けない。吐きたくもない。自分は兄だから。母なんかにも到底無理だ。あと生い先短すぎる人生。いつ死んでもおかしくない。それに先程のあのような咆哮を聞いた後だ。頼って甘える側でなくて、支えて、しっかり立たさねばならなかった。では自分はどうだろうか。否、主と父親。同じ立場ではないにしろ、失った物は同じ。だからこそ、自分には弱音も吐かないし、甘えぬ。
『(…………不甲斐ない)』
自分はこの家族を守る約束をして、あの人に背を向けた。
それなのに、この小さな子供すら、守れていない。
守れぬ──。
ガチャガチャと、少しづつ綺麗になっていくリビング。
元通りとまではいかないが、少しずつ元に戻っていく家。
ルカリオはこの時、後悔する。
わかっていたのだ。
気持ちを知っていたのに。
知ってて見ぬふりをしてしまった。
小さな背中に重くのしかかった、父親との約束。
今少しずつ、呪縛のようにユイを蝕んでいたのを。
三十三華