二十九華


奴の首を飛ばしたと同時、ズブリと腹を貫いたソレ。

きっと只では済まないだろうとは薄々思っていたが、まさかこんな取り返しのつかない事になろうとは誰が思ったか。



ザク、ザンッ、ズッ、と己の手に持つ刃を振るい、腕を、足を、胴を心臓を首を…と切り捌いていく。その家宝とやらの刀で一太刀入れるだけで、噴水の如く量の血が吹き出ていくのだ。家宝と言うだけあって、かの伝説のルギアの牙を練り込んで作られただけあり、切れ味は申し分ない。

それにしてもこう何人ものから伝わる人(ヒト、とは言えないが)を切る刀からの感触。人を切る感触が懐かしい。“昔”が懐かしいと思った。

昔とは。壮大なスケールになるが、今からきっとずっとずっと昔…千年も前の時代だろうか。そう、サクヤは何故かチラホラと生前の記憶を持って生まれた男だった。全ては勿論知らないが、よく記憶の片隅に知らない映像が、音や声がきちんと頭に残っている。

まれに(極めて0に近いのだが)そういう記憶が残っている人間がいるそうな。デジャヴュの特化した人間というかなんというか、改めて思えば摩訶不思議だ。

生活には勿論支障はない。昔と今は別人だ。ああこんな事も昔はあったのか、程度にサクヤは片付けた。
だがその中でも極めて目立つ記憶が、よく戦場に足を傾けていた事だ。幼少から人やポケモン関係なく斬り、大人になるまでずっと彼らを殺め続けていたら、いつか周りからは“人斬り”と呼ばれていた。そして鬼のように慈悲も何もない人だからと、悪意と鬼の子“悪鬼”と呼ばれるようにもなったらしい。

まあそれは今となっては他人事。多少記憶があるといっても只の映像だけで自分がやった事だと意識的にはない。だから他人事だ。どうして自分の中にこんな生前の記憶があるのかは勿論誰も、自分も知り得ない。知っているとしたらどこかの全世界を見守る神様くらいだろう。

とりあえずその生前の記憶が残ってるからこそ、身体もそれらを覚えているからか相応の対応ができる。そして今この人じゃない生き物を殺めても何故だか慣れている感覚に陥る。身体中もその慣れから来ているのか、バシバシと次の動きができる。

けれども、



「チッ…!」



数が多すぎる。

襲い来る人獣をまた一人、一人と斬り倒していくが数が一向に減らない。刀の技量はあるとはいえ、体力は無限大ではないのだ。相手の首を飛ばして胴を真っ二つにすると同時、背後に鈍い衝撃が走った。

ゴプリ、と生温い液体が背中を滑り落ちる。…どうやら草タイプの能力を持った人獣がリーフブレードに近い攻撃を撃ったらしい。一瞬視界がグラつくが、踏みとどまりそのまま心臓を突いた。

ワカナの悲鳴が聞こえる。それに大丈夫だ、とヒラヒラと手を振りまた斬り倒していく。…しかし、斬っていくのと同時に自分の体に浅くはない傷を負う。そして向こう側からは、ポケモン達が荒れる方からは己のポケモンであるピジョットとブラッキーの悲鳴。…ピジョットは、生きてはいないと予想できる悲鳴だ。

ギリ、と刀を持つ手に力が隠る。



「(…ちと、マズイかもな)」



ふとワカナを見てみれば、酷く動揺しているのを伺えた。まあ当たり前か。こんな修羅場を見れば。麻痺した左手が動かず、その左手にサイコカッターが当たる。ドクドクと溢れだす血液にギリリと奥歯を噛んだ。


ガチャ、と刀を持つ手を握り直したと同時、レントラーの吠える声が洞窟内に響く。ザンッ!!と目の前の人獣を斬り、首を飛ばす。吹き出る赤。



「ッ……!!?ばっ…バカなっ…!こんなっ…人獣100体を…たった一人で…!!?」

「…ハッ…煩ぇ、よッ!!」

「ヒッ…!っ、ヴアアアァァァ!!!??」



乱れる息を吐き出すように、研究員の肩を刺す。じわ、と赤い染みが白い白衣に滲む。

人獣は全て斬った。恐らく全滅だろう。やはり今回は只では済まなかった。思わぬ痛手を負ったが…ここで死のうとは思わない。研究員達が修羅場とも言える地濡れた現場を見て、次々と避難していくのがチラチラ見えた。これ以上ここにいたら殺されると思ったのか。

ボタボタと垂れる血。とりあえず出血が酷い。流れる血を拭い、寝台に貼り付けにされたワカナに近付くと手錠や針を引き抜いていく。



「あっ…ああっ…だ、サ、サクヤさ…!」

「ハッ…いやぁ、予想以上に、手こずったな…大丈夫かいワカナ」



それは貴方様です、と泣きそうな声で言われると言い訳のしようがない。確かにこんなの見たら大丈夫だ、なんて気休め程度の言葉にすらならないだろう。謂わば人間が受けたら致命傷だと言われる技を、人獣からいくつも負った。この傷の具合を見て大丈夫だと誰が思うのか。

否、己でも思わない。早く治療しないと流石に死ぬだろう。

ワカナから拘束具を取り外すと、サクヤは一息着いた。フラフラと立ち上がる彼女の手を握り、「無事で良かった」と呟くと同時。背後から微かな殺気。ワカナに気を取られ緩んでいたのか、一瞬気付くのが遅れそれが命取りになった。

バネのように反発した体を軸にして、刀を背後に振り下げ標的を貫いた瞬間、それと引き換えのようにズブリと脇腹を貫通した刃。



「あ、ああぁぁッ、あああああっっ!!ひっぐぅぅぅっううううッッ!!!!」

「かッ…っ…!!」

「………ッッ…!!!!???」



ズルリ、と血液を塗りたくって腹から突き出るそれは、きっとサバイバルナイフか何かか、知らないが。

振り下げた刀は、肩を落としたらしい。そして肩を切り落とされたのはあの少年だ。見ないと思ってたら、隠れて隙を伺っていたのか。目の前にいるワカナは真っ青になって、今までに聞いたことのないような声を上げ、叫んだ。



「いっ…ぁぁ、あああっ…!いやぁあああああッッ!!!!」



ゴプリ、と血液が逆流して喉へ競り上がる。口の端から赤黒い液体が溢れた。

ガラン、と刀が地に落ち、足の力も抜けてワカナに支えられながら崩れ落ちた。少年は他の研究員達に慌てて止血され、悶え苦しんでいる。

ざまぁねぇな、と腹で笑ってやった。



「ぐっ…ううぅっ…て、しゅう…!撤収しろ…!!」

「フォン局長!?」

「いいから!!早くっ…!!……あは、ハハハッ…もざまぁないねぇ…!あんた、出血多量で死ぬよぉ…!いや、死ぬ前に、溺死…かなっ…」

「……ッ……!」

「いいこと、教えてアゲル…っ、ここ、ね。洞窟内幾つかの、柱で支えられている…その内の一本。一本でも崩すと、簡単に、決壊する仕組みに…なってるんだ…!ココッ」



貫通した脇腹の箇所が悪かったのか、呼吸が難しい。ゼェーッ、ゼェーッ、と何かに引っ掛かったような、隠った声が喉から抜ける。ワカナが叫んでいるが、それに返す余裕が残念ながらない。

止血された少年は汗いっぱいの額を拭うと、切り落とされた患部を押さえながらフラフラと立ち上がった。



「とりあえずっ…ね…この騒ぎで、外の人間が気付いちゃったらしいよぉ…こんなの見られちゃあ、今までの過程が台無しだし、この洞窟自体を壊す事にしたんだぁっ…」

「っ……!」



グラリ、と地鳴りがした。

そして何処かで爆発するこの音は、ポケモンが大爆発する音だ。どうやら、本当に崩して証拠隠滅するらしい。外の人間とは、きっと警察。サクヤの実家が炎上したのをきっかけに嗅ぎ付けたに違いない。



「薔薇人形はっ…ちょっと惜しいけど…、サンプルは充分に採れたから見放す事にするよ、ぉ」

「グッ…!!」



じゃあねぇ、

と皮肉ながらに憎たらしい笑みを浮かべた少年は、部下に支えられながら洞窟から去っていく。組織のリーダーが撤退を指揮した。それだけで他の研究員達は蟻のように散って逃げていく。これだけ深手を受けていようが相手はあの悪意を塊にしたような鬼のような男。

何かしかけようものなら、死にかけでも殺しにかかってくるだろう。下手に手出しはできなかった。

そしてあれだけ居た研究員の数も、今やサクヤが手を下した息の無い研究員達が足元に転がっているだけで、誰も洞窟内には居なくなった。

一先ずは、終わったが。



ゴボッ、と大爆発を起こして亀裂が入った隙間から、海水が侵入してくる。ガラリ、ビシリと洞窟内の壁が崩れる音がビシビシと壁全体を跳ねて、危機感を知らせた。
ガラッ、ズズン、と海底の壁が崩れ落ちた音がすぐ側で聞こえてくる。


「ああっ…ああぁっ…!…ぉ、願いします…!しっかり、しっかりなさってくださいませ…!サクヤさん…!サクヤさんっ…!」

「………ッ…は、」



ゴボリ、ゴボリ、

水圧が迫るような音が反響して聞こえる。ワカナの潰れそうな声に今は返事を返すのも辛い。それより自分から離れて欲しいのが願いだった。血で汚れる。

刀を支えに深い息をついて、洞窟の天井を仰ぎ見る。



「(ほんっと、今日はついてねェ。今日のテレビジョーイの占い最下位だったなぁ)」



ゴオオオッ…

迫る水流の音。

出口はとっくに瓦礫で埋まっている。そんな命の危機を感じる場面に出会しても、サクヤは点で無関心だった。



二十九華繚乱

ゆれるゆれる

あざなみや

せまかれてんでみちもなく

みなもにしずめや

そこなしぬま





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