二十八華


ザクリッ、ザクリッ、

ブシャ、ブシャ、

ブツッ、ブツッ、



そんな肉を裂く音が絶え間なく続いている。ポケモンとポケモン達がぶつかり合うのは“ポケモンバトル”でもなんでもない。ただの“生きるか死ぬか”の戦いだ。弱肉強食。強ければ行き、弱ければ死ぬ。勝者か敗者か。確かそれを自然界の掟だと、誰かは言った。

確かにそうだ。

だから、今、自分達は今確かに存在している命を狩り取っている。野生時の時もこうだった。この星には、世界には自分達など小さな小さな存在。いや確認すら出来ないかもしれない。だけれども、こうしてまた一つ一つの命が散っていくのを自分達は見ていて、狩り取って行くのだ。

レントラーはヘルガーの喉笛に牙を打ち込み、骨ごと抉る。ブチブチ、と嫌な音が耳元にダイレクトに聞こえ、その感覚すら懐かしさを覚える。昔は、野生だった頃は皆がそうだったように。ヘルガーの首を吐き捨てたレントラーは周囲を囲っているポケモン達に紅い電流を流した。

そして直ぐに襲ってくる攻撃。ゴーリキーとチャーレムの踵と拳を横に飛んで避け、チャーレムの頭蓋を爪で地面に叩き付ける。先程避けた場所には軽く地割れが入っていて、食らったら身体が割れていただろう威力。押さえ付けているレントラーにゴーリキーは瓦割りを撃ち込もうと拳を振り上げるが、直ぐにレントラーが回避した。代わりに直撃する拳。

頭蓋が割れたチャーレムは死滅した。

ザク、と着地したレントラーの背後に衝撃が走る。ハッサムが回り込んで切りつけたようだ。フラりとフラつく足に何とか力を込めて踏ん張る。背中から真っ赤な血が吹き出るが、そんなものを構ってる暇はない。直ぐに跳躍してハッサムの関節に食らい付いた。腕と足を容赦なく引きちぎり、鋼タイプにありったけの雷を流し込む。

消し炭にしてやった。

ザク、とまた噛みつき引きちぎり、噛み砕く。そして自分の身体に致命傷を追う。レントラーの右足が使い物にならなくなった時、聞き覚えのある鳴き声が遠くの方で聞こえたのだ。

目の前に居る敵からは目は背けられない。だが尻目に見ると、やはり。

ピジョットが殺られた。

空を飛ぶ風切り羽を切られ、地面に落下したピジョットに鎌鼬のトドメ。そこまでならまだ生きていられただろうが、無数に群がるラッタに食い潰されていた。鎌鼬で深手を追ったピジョットの四肢に食らい付き、頭を喰らい臓物をも喰らわれた。きっと、骨も残らないだろう。

助けに行かなければいけない。だがそれはこの集団の中を押し切るのは、不可能だ。

既に命がないであろうピジョットを片隅に置き、レントラーは自分に降りかかる火の粉を払い除ける。余所見が命取り。一瞬の油断が死を意味する。

…自分達は、覚悟を決めて主の元にいる。自分も、ピジョットもブラッキーもルカリオも、いつだって覚悟を決めて主の隣にいた。主は大勢の人間から恨みを買われている事しかり、自分達は主に拾われた身である。主を、主の大切なものを守る事が最高の恩返しだとあの人は言っていた。

だから例え、我らが死するとも、



『(恩義は、還さねばならぬ)』



飛んできた岩に身体を打ち付けた。土に叩きつけられる身体をノロノロと起こし、地面を踏みしめるとガクリと鋭い痛みと共に崩れる足。ひしゃげた足は、右前足が骨折していた。

思うように立てない。



「…………ッガルウッ!!!」



一つ大きく吠え、牙を剥き出しにして突っ込んでくるアーボックの喉笛に噛み付いた。そのまま首と銅を噛み千切る。ボタボタと血が溢れ出し、口元を汚す。既に、血濡れで、真っ赤だった。

小さな悲鳴が反対側から聞こえる。これも聞き覚えのある声だ。ピジョットの次は、どうやらブラッキーらしい。どうやら青く光るその体を色違いとまくし立てた研究員達が捕獲を狙っているようだ。……部は明らかに悪い。既にボロボロのブラッキーに抗う術は、持ってはいない。

ザクリ、と細長く黒い耳が切り落とされた。



「………ッ……!!!」



瞬間、つんざくような声。

あまりの痛みに地に身体を叩き付けるブラッキーを見て、レントラーはギリリと歯を食い縛る。助けには、いけないから。クロバットを電気で焼き付くし、そちらに向かおうにも虫のように沸いて出てくるポケモン達。

ガシャン、と鉄が擦れる音は、耳が切り落とされたブラッキーが捕獲された音だ。



「(…………!)」



どうやら、自分達は只では済まないらしい。ここで息絶えるのが定めなのか。…まあ、それもそうかもしれない。野生時代はかなりの好き勝手をしてきた。その報いなのか、知らないが。

そしてやはりカミサマは綺麗な死方はさせてはくれない。

汚い道を歩いた者にはそれ相応の死を用意していると。



「(それも、定めなのか)」



だが、それでも主の大切なものを守る為なら、と思う。まさかここで息絶えるとは最初こそ思っていなかったが。

バチリ、バチリ、と紅い電撃が身体中を取り巻くと共に、見合うように電気の色と同じその紅い身体。自分は、紅い血濡れた鬼のようだと言われた。



―――ある者は生まれつき身体が紅く強い力を持って産まれてしまった。そして同族に気味悪がられ殺されかけ、だから、一族全員を逆に殺してやった。

―――ある者は生まれつき一族とは身体の色が違く蒼色で。両親に悪魔の子と罵られ、オニスズメの群れの中に置き去りにされた。只色が違うだけなのに、

―――ある者は生まれつき身体が小さく、そして飛べなかった為に出来損ないと呼ばれて放り出された。悲しさと憎しみのあまり、生きるために力の無い小さな虫ポケモンを食らった。

―――ある者は、肉体の老化が極端に遅かった。何年経っても成長しない子供のまま。脳だけが年老いていく。それを化け物だと呼ばれ、同族から追い出されて百の月が経った。孤独と虚しさのあまりに、人とポケモンと交わる代わりに霊魂を貪った。



「(………主よ)」



お前はそんな私達を招き入れてくれたな。今まで独りだった冷ややかな孤独に、暖炉をくべてくれた。

レントラーは敵を薙ぎ倒しながら思う。

それがとても大きかった。求めていたものをくれた。だから恩を返したかった。だからこんな所で命を落とす事は我らが許さない。



「(妻と子の為にも、お前は生きねばならん)」



この場所は自分達の墓だ。

この状況から安全策を絞り出すのは、難しいが。



「(生きよ、主)」



バチリ、バチリと血に混じって紅い電気が唸る。

紅い血濡れた悪魔と、もう一度化そう。自我は飛ぶが、死ぬまで闘い続ける事ができるから。



(生へ、しがみつけ。

足掻いてもがいて、

生きよ)



丁度その時だった。

ザク、と肉を断つ音と共に、聞きなれた妻の悲鳴が洞窟内に響いたのは。



二十八華繚乱

珊瑚の爪を矧ぎ

それを木に吊るし

見上げ哀しそうに見やる

貴方は、なんてなんて

哀しきこと





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