二十四華


ダンッ、ダンッ!と玄関を突き破り荒れた家具を尻目に床を蹴り上げ、居間への扉を開けた。

それらを目に捕らえた次の行動。恐ろしく早く視界に入った壁に立て掛けておいた布を。それを蹴って取り上げ紐を引き解いた。ガチン、と音を鳴らしそのまま迷いもなく標的物へと抜刀する。ズブリ、と肉を裂いて骨を絶つ感触が嫌に手に残る。

ビチャッ、と赤い液体がリビングに散らばった。



「ワカナ…やっぱりいねぇのか」

「親父!あんたっ…何して!」

「…何って…なぁ?見らわかんだろ」

「……ッ、何をそんな平然と!あんた!人を…!」



殺した、

そう言葉を発するも声にはならなかった。まさか自分の父親がこんなにも簡単に人を殺せるなんて、思ってもみなかったからだ。
言葉に詰まるユイを暫く見詰めていたが、何を思ったのかふと息を着く。



「おめぇも見ただろ、ヒトじゃねぇよ。化けモンだろう、こいつら」



小さいながらにはっきり、サクヤは断言する。手に持つ血濡れた凶器がカチャ、と音を立てながらサクヤの着流しがユラリと揺れた。

こんな父親は知らない。血濡れで表情が凍り付いたように、貼り付けられた冷たい仮面。こいつは誰だ、これは本当に自分の父親なのだろうか。まだまだ沢山理解できない事が沢山ある。まだまだ混乱していて今すぐに整理したいくらいだ。知らない顔の父親を目の前にしてドクドクと心音が激しく波打つ。

恐い、と初めて恐怖を感じた。

カタカタと指先が震えて極度に緊張しているのが意識の何処かで捉えた。呼吸すら億劫。そんなユイを見越したのか、サクヤはふと片手をユイに向けた。ビクリ、と体を揺らすユイに苦笑いして、自分と同じ毛質の髪をグシャグシャと撫でる。



「恐ぇか、俺が」

「…………、」

「まあ当たり前さな。今までお前達には見せて来なかったんだ。や、見せらんねぇの方がしっくり来るな」



殺しなんて当の昔に慣れてる。

サクヤはうつ伏せで伏している死体を転がしながら顎で指す。ビシャ、と流れる自らの血の海に身を沈め、白目で息絶えたその少年。確かに、彼が人間ではなく明らかに別の生物だと言うのは見ただけでわかるが。

人獣は殺した方が楽になれる。サクヤはそう言った。けれどそれは本当に、こんなにも簡単に命を奪ってしまってもいいものなのか。人獣は死ぬべきだとこの男は言うが、ではその人獣である母も死ぬべきなのか。

サクヤはユイのその言葉にまた苦笑いして、「そうさな、矛盾してるねぇ」と一言。



「死んだの殺した方がいいだの、そんなん俺の我が儘だ。俺は大事なモンしか守らねぇし、そんな小せぇ矛盾もどうでも良いんだよ。奴らが俺の大切なモン奪い取ろうってんなら、俺はそれを殺してでも守るしかあるめぇ」



ワカナと同族だろうが関係ねぇんだよ。大事なモン守る為なら何だってやる。

だから、化け物だってポケモンだって、人も殺せる。



「例え、」



例え家が全焼して灰になろうと、家に支えていた奴らが死のうと、だからどうした。

最初から何の暖かさもない実家なんぞ、さぞどうでも良かった。



「俺ァよ、相っ当汚ぇこと散々しでかしてきた人間だ。だが自分の大切なモンの一個や二個、母親一人守れねぇで何をオメェらの親父だと語れば良いんだい俺は」

「…、…親父」

「ユイ、男なら多少横暴でも守るもんはきちんと守らにゃなんねぇ」



――と、笑いながらユイの頭をワシワシとかき混ぜる。まぁ、まだわかんねぇだろうがねぇ。そう呟いたサクヤはいつの間に手に持っていたのか、火のついたキセルを吹かす。ユラユラと煙を燻らすサクヤは血にまみれた刀を一振りし、血を削ぎ落とした。

パタタッ、とフローリングの床に血が落ちる。



「――――…やられたな。ワカナだけじゃなくアヤも連れてかれちまったのかねぇ」

「………!!?なっ、」

「人獣研究所の奴らだ。ワカナの尻追っ掛けてきた上にアヤは人質に、だな」

「人質、って…!あんた何こんな所で道草食ってんだ早く行けよ馬鹿野郎!!?」

「痛ェェエ!!?ちょ、何すんのユイちゃん脛は…脛は反則…!」



先程まで刀片手に笑みを浮かべ、息子に自分の論を説き伏せていた顔はどこにいったのか。今や目をカッ開きその息子に冷や汗を流すその父親。ゴロゴロと床を転げ回るのはそれを自由気ままと言ったらいいのか知らないが。ユイはあまりにもコロコロと変わる自分の父親に頭が痛くなる。

そんなユイを見て、サクヤは溜め息を着きながらゆっくりと起き上がった。



「…心配すんな。万が一、アヤが殺されたりでもしたらワカナが黙っちゃいねぇから。ワカナが居る限りアヤには手は出されねぇ。あいつは保険みたいなもんだろ」

「…保険?」

「保険、だ。言っただろ、ワカナは言葉一つで道理を動かしちまうんだ。奴らの命なんざあいつの言葉一つ撃ち込めば消し飛ぶ。それをさせない為のアヤだ」

「……どうにかされるって事は、ないんだな?」

「………さあ、どうだかな」



ふ、と煙を吹き出す。

ユラユラと空気を踊り、天井に向かって消えていった。



「奴らの狙いは…洗脳だろきっと」

「………?」

「ワカナの言霊使って全世界にでも流してみろ、そこいら生き物一帯は一種の催眠状態になるだろうよ。数億のポケモン、数億の人を一度にマインドコントロールする…そんな要領オーバーな事しちまったら、真っ先にワカナの脳が潰れる。目的は知らねぇが、差し詰機能だけ残して脳植物にして、良いように荒稼ぎでもする気か。そうすりゃあアヤも、用済みだ」



ドクリ、と嫌な音が波立つ。

はっきり言って話が難しすぎて、大きすぎて着いていけない。だがしかしそんな事すれば母はどうなるか。妹もやはり最終的には…。



「一緒に行くか?」

「……アンタは息子をそんな危険な連中の群の中に連れて行く気か。ま、何をどう言われようが絶対に行ってやるけど」

「ハハッ、やっぱり大人しく留守番は出来ねぇかユイちゃんは。…まあよ、絶対ぇ怪我なんぞさせねぇさ。ほら、アレだ、この機会に敵さんの陣地で暴れるのも良い経験だぞ。ほれ、こいつでズバッと切ってみるか?」

「…アンタは、俺を普通の男として育てる気はサラサラねぇみたいだな…!」

「いんやだって俺の息子だし。それにアッチも経験豊富の方が人生断然有利だぜ」



いや、そんな経験いらねぇけどォォォ!



今から助けにいく

だから、

夕暮れを過ぎて

夕立がきたら

また顔を見せにきて





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