咲き誇る花を散らしても、
深い深い森を抜けたその先の高台に、少女は居た。そしてその高台には小さな墓石が隣り合わせに二つ、並んでいる。
久しぶり、と少女は小さく墓石に声をかけた。当然だが返事は、ない。
「久しぶり」
もう一度、声をかける。しかし返事はない。当たり前だが。
少女は小さく息を着いて、手に持っていた墓花を墓に二輪、備えた。一つは白い花を。一つは赤い花を。たった一輪。
サ、と心地好いと感じる風が揺らぐ。頬を、髪を撫でて揺らぐ。少しばかり強めの風に二輪の花はたゆたうように揺れた。
「何年振りだろう。…ねぇ?」
問い掛けても返事は一切無い。
墓石の前にしゃがみ込むと、少女はじっと墓石に刻まれた名前を見つめる。久しぶり、元気だった?とまた少女は問う。返事はない。そんな事はわかっている。
ただ、少女は自分が話したいだけで意味は無いと知っている。そう、死人に何を言っても答えも返事もしないが。それでも言葉を発する事は、何のためだろうか。
簡単だ。願わくは、話がしたいだけだ。無理だと知っていながら。
願わくは、声を。
願わくは、もう一度顔を。
無理だと知っていても。
それでも、心の中では密かに。
風が、強い。
「…―――銀月は銀月、
浮き世は雨降り」
少女は何を想ったのか、
ぽつり、と呟く。
「孕んだ光はここに在る
兎の涙も蛇の涙も」
それはやがて一つの詩に。
それはやがて一つの繋ぎに。
「妾が手に手繰り寄せ
参る参る丑夜の平野へ」
それはやがて一つの唄に。
「全部私が連れていく
ややこ一緒に連れていく」
思い出すようにつぐまれた言葉はぽつりぽつりと喉元から零れ落ちていく。
さも自然に。さも違和感無く。
零れた言葉は次第に止まる。少女は口を結び小さく言葉を繋いだ。
「こっちは、元気にやってるよ。お父さん、お母さん」
少女は小さく笑って、瞳を閉じた。
ピシ、と墓石に小さな亀裂が走った事に少女は気付かない。
少女の遥か背後に、白い足が佇んでいた事に、少女は、気付かない。
咲き誇る華を散らしても
銀月は半月
浮き世は雨降り
孕んだ光はここに在り
兎の涙も蛇の涙も
妾が手に手繰り寄せ
参る参る丑夜の平野
全部私が丑夜へ連れていく
ややこ一緒に丑夜へ連れていく