二十一華




まさか、間近でこんな事があるとは誰も思わないだろう。

バチバチと音を立てて燃え上がる赤い炎。全焼するのは生まれ育った家…否、この大きさは分かりやすく言えば屋敷だろうか。それが今物凄い勢いで燃えている。

それをまた垣間見て舌打ちをすれば、横から毒針が飛んで来てさかさず避ける。尻目にその毒針が飛んできた方向を見やれば薄気味悪い蛇のような…違った。正真正銘の蛇女がニィ、と笑って長い舌で己の唇を舐めずった。

ガタン、と音を立てて燃えた木材が廊下に崩れ落ちる。ふと見れば家のあちこちが燃えていた。好き勝手やりやがって…、とサクヤは舌打ちと共にまたニヤと含み笑いを残す。


『お命を頂戴致したく参ったしだいに御座います』


どうやら、この蛇女の言った事は本気らしい。

そう、確かそれはユイが本気と書いてマジと読むとか何とか言っていたような…そうかマジなのか。と場に似合わない思考を繰り広げているサクヤはふうん、と全焼している家を左右と背後に構え、それでも尚余裕そうに平然としている。

家が燃えた原因は正しくこいつらが原因だろう。まさか人獣がこの蛇女の他にも居たとは驚きだが。先程から家臣共がバタバタと己のポケモンを連れて屋敷を駆け回っているのを目にしたからだ。

きっと蛇女の他にも数十体程、屋敷を暴れ回ってると予想する。家がどうなろうと知った事ではないが、死人が出ない事を祈るばかりだ。………いや、それは無理か。

考えたくないが、誰かしら…。



「おい、蛇女ァ。テメェらの目的は何だい」

「予想も簡単でございます。貴方様のお命でございます」

「………本当にそれが狙いか?」

「邪魔だそうです。貴方様は」

「……、………!」



何の事を言っているか分からない。分からない、が。突如女の顔がニィィ、と裂けるように歪んだ。

……立場上、サクヤが敵さんから恨みを買ったりする事はよくある話だ。今まででも殺されそうになった覚えは幾度となくある、が。今回は何か、目的が違う気がしてならない。そう、例えば、だ。彼の命はおまけ程度だとしたら―――。

裂けるように歪んだ女の顔に、サクヤは今まで棲ました赤い瞳が見開いた。脳裏に浮かんだのは愛しくて仕様がない彼女の姿。



「………こりゃあ、やられたな」



どうして今まで気付かなかったのかとサクヤは眉を寄せる。

人獣が訪ねて来た時点で関係があるのはワカナだ。ワカナに何かしら用があるのだろう。いや、この場合は人獣じゃなくそれらを産み出した人間達が、だろうか。取り敢えず、急がなくてはならない。あの日サクヤはワカナを奪い盗んだも当然の事をした。ならば、それを取り返しに来るのだとしたら今頃向こうには手が及んでいる。

サクヤは長い前髪をかきむしりボールを落とした。光と共に姿を表したのはスラリとした蒼い身体。



「蒼棘」

『はい』

「先に向かえ。人獣がいたら、構わねぇ殺せ」

『…宜しいのですか?』

「奴らには既に人の人格も感情もねぇだろうよ。このまま野放しにしちゃあ危険だ。…息の根止める事が一番よ」



向こうに居る晶影と合流しろ。

そうサクヤが伝える前にルカリオは駆け出した。了承の意。
…ワカナも勿論大切だが、アヤもワカナと一緒の筈。これは予想以上に大変な事になったな、と片隅で思うサクヤはまたボールを二つ落とす。中から姿を表したのはレントラーとブラッキーだ。



「炎鬼、臨月」



数分で全部片付けるぞ。

そう言ったサクヤに二匹は吠える。バチ、と身体に纏わりつく青い静電気が緋色に変わるとレントラーの毛並みが赤く変色した。加えてブラッキーも黄色の輪の模様が蒼色に変色する。

二匹は特攻を瞬時に上げると体組織に変化が現れる、色違いのポケモンだ。その二匹の準備万端の合図を目にしたサクヤは、顎で蛇女を指した。



「まずは、あいつからだ」



赤い瞳がギラリと女を捕獲した。



一、それは蒼く輝く

月光の刃

二、それは緋く燃える

業火の刃





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