二十華





数ヶ月が経った頃だった。



「若!」

「んんだよ、良い汁でも持ってきたかァ?」

「いや、若に面会を求める者が…」

「………?」



ワカナの病の一件から人獣についての研究データを、あらゆる手でかき集めていたサクヤはかなり久々に本家に訪れていた。久々と言っても、それは5年も前の事。アヤが産まれて自慢しに本家に帰ったきり、家に帰るのはご無沙汰だった。


そんな本家に籠って一週間。今はワカナ達が住む家より本家の方がデータが揃っている為、こうして渋々こちらに滞在しているのだが。やはりこうして連日に家族の顔が見れないのは辛い。今日の夜絶対に帰る、と意気込みパソコンの前に姿勢悪く胡座をかいていた時だ。

家に仕える男の一人が部屋に滑り込んできたのだ。因みに、サクヤの家は昔は力のある一族だったという。その名残からかその家は軽い屋敷になっているが。家紋もあるくらいだ。それくらい、この“水魅(ミナミ)家”は大きな家柄だったと言える。

しかしサクヤにとっては家がどうこうなろうと、どうでも良い事だった。例えその次の家主を継ぐ事になっても果てしなくどうでもいい事だったし、当に投げ捨ててある。(当時、家の者や親からは目玉が飛び出たようだ)

サクヤはそんな家よりも、ワカナとその子供達さえ在ればあとはどうなろうと知ったことではないらしい。まあこうしてたまには帰ってきては仕事してまた戻ってしまうのだが。

そんな今はこの家の権力さえ半放置したも同然のサクヤの元に、客。縁談なら当の昔に婚約の回状を回してあるから、そんな話はまず無い筈だが。そう心当たりの無い客に、サクヤは訝しげに眉を潜める。「相手してる時間さえ惜しい。また今度にしろ出来れば十年後くらい」なんて物凄い投げやりな事を言って虫を払うような仕草をしたサクヤに、男は慌てて口を開く。


そう、まさかとは、思ったが。



「初めまして、サクヤ様。ヒナモリと申します」

「全訳はいい。面倒だ。……………アンタ、嘘は言ってねェだろうな」

「はい。わたくし、正真正銘の…、

―――人獣にあります」



そう、まさかとは、思ったが。

突然の訪問者。それは自分を人獣だと名乗る女だった。黒い髪を腰より伸ばした長さ。しかしワカナとは違い、その艶や痛みきった髪と比べ彼女とは大分違う質。肌の白さもワカナより幾分か血色が悪く、その体は痩せ細っている。

…こう比較してしまえば、健康的にもワカナが標準なのかそれとも、女が標準なのか。否、女の方が異様だ。



「…………」



まるで蛇のような女だった。

全体が細く、不健康な肉付きな体をしている割には柔軟性のある丸みを帯びた体格。そのつり上がった目。獲物を、定める目。「証拠は」そうサクヤは聞くと女はニィィ…、と笑う。薄気味悪い笑みだった。

するとヒナモリ、と名乗った女は無言で両腕を前に突き出し、尚笑った。そう、信じられない事に突き出した両腕が突然グニャリと軟体のようにくねらせ、ゴキゴキと内部で骨を鳴らすように変形していく。グニャリ、グニャリ、と腕から関接と骨を抜いたかのように変形したそれは、交差させた腕が何重にも互いの腕に隙間なく絡み付いていたのだった。



「へえ、こりゃあ驚いた」

「信じて頂けましたでしょうか。これでも尚疑いがあるのでしたら、次は毒を吐き出してご覧に入れましょう」



わたくしは名はヒナモリ。合成の生まれはアーボックでございます。

そう女は黙々と言い放つ。宛ら蛇みたいな女だ、と思ったサクヤは案外自分の勘も当たるものだと思った。言葉の通り、開いた口から紫色の液体を歯に光らせている女に、サクヤは充分だと、面白そうにキセルを口に加える。ふっ、と吐き出した煙が怪しく宙に揺らぐ。



「で?その人獣のアンタが一体俺に何の用だい?それに人獣は数十年前に全滅したと聞いてるんだが、」

「………ええ、」



白い煙の中で、女はまた裂けるように笑った。



「お命を、頂戴致したく参ったしだいにございます」






二十華繚乱

迫る迫る迫る

廻る廻る廻る

それは終わりなき浮き世で回り続ける

時計盤の針





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