十九華




危険、危険、危険。

そうラプラスは脳内で赤信号の音をひたすらに響かせていた。今や身体は面白いくらいに動かない。麻痺とは違った、そう、例えば、全身疲労。

身体はグタグタで筋一本も動かせない。出来る事といえば相手を睨み付けるか小さく声を発するくらいだろう。目の前に居る人間を負けじと睨み上げれば、その人間はニマリと笑った。



「赤い目のラプラス!間違いないねぇ、水の技も出せないよねぇ?やっぱりお前、あの時の研究所に居たラプラスだよねぇ?」



海岸に伏すラプラスの首を押さえ、グイと引っ張って瞳を見やればやはり赤。赤い目のラプラスなんて、そう世界に何匹も居ないだろう。しかもこのラプラスは水の闘技が一切使えない。出来るのは歌う事。滅びの歌くらいしかできない。証拠にいくら男のポケモンが攻撃しても反撃する気配は無かった。歌う素振りも見せなかったが。

しかしその瞳に無言を突き通すラプラスは、男にしてみれば肯定を意味する。嬉しそうに、歪んだ笑みを張り付けるその男はラプラスを手早く網に入れて縛り上げた。「探してたんだよぉ」とまとわり付く男の声にラプラスはギラリと更に睨み付ける。そんなラプラスに、男は満足気に笑うばかりだ。

このままでは、自分は何処かに…いや決まって研究所か何処かに連れて行かれるだろう。まあそれは別に良い。もう直ぐ、朽ちる身体だ。今さらちょっとやそっとの事をされてもどうでもいい。…あの昔と比べたら、今まで随分と幸せな暮らしが出来たから。それに、あの子が無事なら、とラプラスは視線を外し、心の片隅で“彼女”の事を考えた途端だった。

それは見透かされているかのように、男は言った。



「ねぇ?君がここに居るって事はぁ、お人形さんも近くにいるのぉ?」

「―――――!」



ラプラスは、紅飛沫は目を見張る。

甘かったかも知れない。そうだ、こいつらは自分の事も彼女の事も探していたのに。彼女と自分はあの日、“盗まれた作品”だ。奴らが追ってくる事は予想できた。なのに。いつ誰が見ているかもわからない、人が少ないと言えどこんな海岸に毎日出るべきではなかったと後悔する。…もう、遅いのだが。焦った顔を一瞬でも見逃さなかった男は、それこそ裂けたように笑った。



「へぇ、そう、そうなのぉ。

みぃつけたぁ」



危険、危険、危険。

ワカナ、ワカナ、来るよ。危ないよ。



そう紅飛沫の脳内を、鋭く何かが突き抜けた。



十九華繚乱


危険信号

それは一定のリズムで

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