十六華
例えればそれは、波に呑まれた子供は肢体バラバラに砕かれて、砂辺に打ち上げられるとか。
例えればそれは、人の生首が海の底に沈んでいるとか。
例えればそれは、人魂が波と一緒に揺らいでいるとか。
例えればそれは、何処からともなく不気味な歌が聞こえてくるとか。
例えればそれは、魔の者に骨まで喰い殺されるとか。
―――そう。この海にはそんな言い伝えがあった。だがそんなものは十年以上も前のこと。今となっては意味を為さぬ。
だがしかし、それは真の真実である。そう、例えば。それはサクヤとワカナが出会った時代。噂の根源はまだ少女だったワカナだった。彼女は、不思議な力がある。いや、“持っていた”。そしてそれは人工的なものだ。とても、とてもとても恐ろしいモノだった。彼女の紡ぐ詩には、魔の力が宿っている、と。その時代には言われていた。
それは彼女が謳えば詩の内容全てが現実に変わり、姿を表す事。
その意味を込めて謳えば天候は即座に変える事ができる。
その意味を込めて謳えば花を咲かせる事だってできる。
その意味を込めて謳えば病さえ治す事ができる。
その意味を込めて謳えば人だって操る事ができる。
その意味を込めて謳えばどんな大金だって手に入る。
その意味を込めて謳えば山を炎に包む事もできる。
その意味を込めて謳えば病を人に植え付ける事さえできる。
その意味を込めて謳えば人の内臓だって使い物にならなくする事だってできる。
その意味を込めて謳えば人の肢体を砕く事だってできる。
例えば、その意味を込めて謳えば人だって殺める事ができる。
そんな彼女の魔の能力。いわゆる強烈な念が隠った言霊を詩に乗せて、相手に送る事ができるのだ。しかしそれは何も天性の生まれもった能力ではなかった。
人獣、というモノがある。
それはこの時代、人とポケモンを組み合わせた人類を産み出そうと裏の組織が研究を重ね、実験の末に産み出されたモノ。人でもないポケモンでもないイキモノだった。世界にとって世間にとって、それはイレギュラーな存在。
その実験は人とポケモンがまだ胎盤の中にいる細胞レベルの段階に、上手く人の細胞にポケモンの細胞を組み込ませる研究。研究過程はそれはもうおぞましいものだった。人とポケモンと言え腹に子を孕む回数や限度は決まっている。
まだ歳端も行かないような少女達を拉致監禁した挙げ句、実験が失敗する度に何度も何度も腹に子を宿さなければならないその汚ならしい非情な段階。しかもそれが失敗すれば人でもないポケモンでもない異形が中から流れ出るのだ。最悪の場合、異形な形ゆえに腹を裂いて取り出される場合だってあった。そして生殖器が使い物にならなくなると殺処分という形で破棄される。
精神が崩壊する少女達とポケモンの体組織が崩壊する数が続出した。
そんな中、目まぐるしい悪魔の研究と呼べるに相応しいそれが、ついに“成功”と言う形で産み出される事となる。
最初の成功例は、ラッタとの細胞を組み合わせた少年。
顎と歯の力が異常に発達し、聴力と視力が通常の人間の5倍の力を持つラッタとの合成人獣だった。人体を食い破る事は勿論、樹木も食い破る事すら可能な成功例。しかし自我が保たない為、危険と判断され殺処分された。
その後も着々と“成功例”が産み出される。
二回目の成功例はピジョンと合成された少女。腕には風切り羽があり、空を切って飛ぶ事は出来なかったが浮く事は出来た。まだ“研究価値有り”と言う判断で取り置き。三回目の“成功例”はシャワーズと合成された少女。水中を自由に移動、呼吸ができ、腕に尾びれが生えている。
その後、四回、六回、十回…と成功例が数々産み出されてきた。ゴースやマルマイン、ポチエナ、ユキメノコ、ケーシィ、アーボ…あらゆるポケモンを使い実験を重ね、人獣も二十を越え、増えていく。
そして、とあるポケモンが研究所に流れ着いて来たのだ。
赤い目のラプラス。そのラプラスは少々変異質で、水の闘技が一切出せない。しかし、滅びの歌だけは歌えるのだ。威力は通常のラプラスより強く、ラプラスが歌う一句でポケモンが失神するよりも早く死滅してしまう。ラプラスも歌の威力が甚大に強いせいか身体が著しく弱い。
そして、そのラプラスを使い、産まれた人獣が、ワカナ。
存在意味は歌への執着。歌う事しか脳に無い。そしてそれ以外の思考は持ち合わせていなかった。まるで機械のようで、人形のような人獣だ。少女へと育ち、開花し始めたワカナの能力に研究員達は一番に目を付けた。特異な能力だと、一番の異質だと。そう謳われて。
その時期だろうか。人に反する研究がバレ、研究所とそれに関わる人間が一網打尽になった。人獣も人の思考を持ち合わせていない為に安楽死という形で死に絶えたが。
そして、人獣を囮に逃れた研究員達の一部が、人獣であるワカナたった一人を連れ出し、逃げ出した。監禁、幽閉という名で彼女を海しか見えない無人島の洞窟に隠し、尚も研究と実験を繰り返す。言葉の念を能力とし、歌に乗せそれを唄う。
それから十五年が経つ。歌う事しか感情が無いワカナに突然、薄く感情が芽生えた。そんな感情が芽生えた先、一番初めて彼女が見て、聞いて、覚えたものは仰向けに引き倒された彼女の上に、半裸の研究員の男達が股がっていた事。身体中を探られて何人もの欲を受け入れ、身体中が何故だか鈍く、重く、燃えるような痛みがあって熱かった。
それが嫌で、初めて苦しいという感情を乗せて詩にした途端、研究員達が弾け飛んだのだった。
――――それから。感情を持ったワカナは変わらず魔を歌う事と訳もわからず研究員の男達に日に日に身体を無理に暴かれる事。
それは“日常生活に欠かせないモノ”だと間違った覚え方をした彼女に、そして彼と出会った。
『―――――――よぉ』
それがワカナの生い立ちに、
サクヤとの出逢い様だった。
十六華繚乱
海は荒れ狂い
それは浮き世を襲う
民家は荒れ果て雷雲股がり
やや子は崩れ散り
光は波もにさ迷わん
海に呑まれ
浜辺に孵す