十五華
「乳癌だ」
そう、父から母の病状を伝えられた時、格別に驚きはしなかった。
母であるワカナが倒れたのは今から数時間前くらいだ。彼女が倒れたのは別に今から始まった事じゃない。それはずっと、アヤが生まれるよりもユイが生まれる前よりもずっとずっと、昔から前の事だったらしい。
それはサクヤが出会った時から、持ち病のように付き添っていた。彼女は特別な病気は持ってはいないが本当に身体が弱い体質だ。事あるごとに過呼吸になり失神する。それだけだ。
だがしかし。その頻度も年々になって増し、もしかしたら、命に関わるくらいの大きな病を持つかも知れない、と薄々ながらにサクヤもユイも感じていた事だった。だから実際、病院に連れていって医師からの診断結果が乳癌であろうと「やっぱり」とだけで格別に驚きはしない。ただ、ついに来てしまったか、と心内が重くなるだけで。
「どうやら、癌は転々と転移し続けているらしいぜ」
「…………手術して治せないのかよ」
「残念だが、そいつァ無理だ。癌がもうデカ過ぎて完全には剥離できねェってよ」
ワカナの病室の前で煙草の煙を吐き出すサクヤは、宙を見ながらそう言い放った。それはあまりにも素っ気ないもののように感じたが、ユイからみてはそうは見えない。それはいつもの父親の顔ではないから。
サクヤは、一つ気掛かりな事があった。ワカナの癌の進展具合は既に取り返しの付かないところまでになっていた。だが彼女は今までその痛みを表に出すことおろか、そんな痛みは感じないかのように日常生活を過ごしていたのだ。癌細胞は既に全身を喰らい尽くす勢いにも関わらず、ずっと平常心。
ワカナですらその身体中の痛みがわからなかったのか、…それとも。今の今まで痛みを和らげていたのだろうか。
――――“あの力”は。
「………有り得るねェ」
「………ジジイ?」
「ドラ息子、ちょいと面白ェ話をしようか」
十五華繚乱
妾の中を蟻は一匹で昇る
それは十に増え
昇り
百に増え
やがて、