十三華




―――――ドタドタとけたたましい足音が通路の向こう側から聞こえた。それは確実に“こちら”へと猛スピードで走り寄って来るのが、壁から壁へと反響する音で分かる。

そしてその音の現況はそう長くない時間の内に姿を表した。バンッ!とまた優しくはない音を響かせ、ドアが千切れんとするばかりの力でそれは開かれる。転がり込むようにしてまた白い通路内へと入り込んだのは、蒼色と、バラリと散る栗色。
ガラスとまた一枚、分厚い壁に隔たれたその向こうを見詰める一同は揃って顔を傾けた。



「……アヤ」



彼は、そう呼んだ。

しかしその愛しい声も、今の彼女にとっては耳には入らない。全力疾走したままドアに飛び込んだからか、一瞬フラリと傾いた体も気にしないで前へと進む。風で乱れた髪の隙間から覗かせた色は、酷く不安定だ。いつもと違い、深い蒼一色に埋め尽くされたその色はまるで今の彼女の、アヤの心をそのままに映している。

呆然、唖然、喪失、悲壮、絶望、虚無。

そんな色と感情が一つに入り交じった総色。そんな初めて見る表情に、彼を初めて映さなかった瞳に、彼も、レッドも眉を潜める。

白い通路に佇む頭がカラフルな青年達も、そんな少女を見て申し訳無さそうに顔を伏せた。合わせる顔が、無いのだろう。フラフラと重たい身体を引きずるようにして、また一枚の分厚い壁に向かう。固く閉ざされた鉄の壁に添えるようにして手を付けば、ヒヤリとした冷たい感覚が指先から感覚神経を伝い、頭から首、背中、腕、下肢、爪先…そして心臓までに極寒のような冷気になって伝った。全身が酷く凍ったように冷たく、重い。鼓動は漠然と早く、心臓が氷水に浸されたような感覚。

ゾワリ、ゾワリと全身を何かに包まれていく、感覚。カタ、と指先が微かに震えた。



「……………ぁ…っ…」



アヤの耳に連絡が入ったのは、今から丁度一時間前程。

兄のユイが、刺されたと。重症だと、傷が深すぎてもしかしたら出血多量で助からないかも知れない、と。そんな電話が入った。最初は何を言われたかさえも分からなかった。刺された、とは?とんだ冗談。今時そんな、しかもそんな不幸中の不幸が何も肉親にあるわけ――…。しかし電話口では相当焦った声と、周りから聞こえる異様な雑音が現実を貫いた。

刺された。

兄が、刺された?



頭で理解した時には既にカイリューに飛び乗っていた。

 今日、アヤは両親の一周忌で墓参りに赴いていた矢先、これだ。レッドはリーグで仕事中だが、今きっと通告電話が彼にも行っているだろう。いや、レッドにではなく、レッドよりも接点があったチャンピオンである友人達。その人達に。

どんだけ運が悪いのだろう、とか。一周忌って呪われているのだろうか、とか。余計な事を考えたけれど。



「………に…っ……、」



指先の小さな震えは広範囲にまで広がる。未だに信じられなくて、ズルズルと膝が抜け、崩れ落ちる前にレッドに支えられた。肩をしっかり支えるグローブ越しの手が異様に力が強い。グッ、と普段なら少し痛い筈の握力も、今は感じなくなっていた。



「…………、…に…ぃ、」



なんで、そんな危ない事するの。いつもボクには危ない事するなって言ってたのに。自分は良いのかよ。

お父さんとお母さんはもう居ないのに。ユイ兄だってわかってるはずじゃない。あとユイ兄だけ。もう、あと一人しか居ない。

でもボクには傍にレッドが居る。一人じゃない。でも、ユイ兄居なくなったら。ボクは一人、だよ。

一人、とっても悲しいよ。残された方が痛いくらいに悲しいのは、兄さんだって知ってるじゃない。とってもとっても、痛かったじゃん。

それを、またボクに感受させようというのかあんたは。とんだ鬼だ。なんて性格が悪い男なんだろう。

そんなもの感受させなくていいよ。要らない。必要ない。


必要ないから。



「…ユイ、に ぃ…!!」



お願いだから


一人に、しないでよ。




十三華繚乱

一人にしないで、

そう言ったけれど

その叫びも虚しく

空へ、

虚 空へ、




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