十一華




「………っ……?」

「ママ?」



この時、彼女は初めて自分の体の異変に気付いた。



「ママ?」

「………っ…アヤ、ごめんなさい。先に、一人でお家に帰れる…?お母さん、もう少しここに居ますから」

「?……ん!アヤ、ひとりでかえれるよ!」

「いい子ね、」



鈴虫、と彼女は小さく呼べばミツハニーはアヤの頭の上にちょんと乗っかった。やはり見知った野生達と言えども、野生のポケモン達が住む森の中に幼い子供一人帰す訳にはいかない。母の申し出にアヤはにぱっ、と笑うと何の疑いもなく森の中を駆けて行った。

ごめんね、とワカナの呟いた言葉は当然ながらに聞こえない。



「っ……」



胸が、痛い。

頭も痛い。腹も痛い。足も、手も。意識すればそれは全身に広がった。あまりにも突然だった。あまりにも予期せぬ事態だった。

だから、余計にワカナの平常心は崩れていく。今までになかった痛みにどうする事もできない。失敗した。鈴虫だけではなく蜜虫も連れて来るんだった。きっとあと数分もすれば、波動をこの辺り周辺に張り巡らせるルカリオが異変に気付くだろう。すぐに彼女の元へとルカリオか、彼女の旦那が迎えに来るだろう。

手が震える。ズルズルと痛みでしゃがみこんでしまった。…アヤを帰らせて正解だ。アヤがこんな所に立ち会わせてしまったら、また泣きじゃくって落ち着かせるどころじゃ無かったかも知れない。



「……っ…、……ぁ、」



ザザァ、と波の音が聞こえる。そういえば、その先は海岸だ。もしかしたら、あの子が居るかもとワカナはそこに向かう事にした。潮風に当たればいくらか楽になるかも知れない。
フラリと立ち上がった彼女は引きずるようにして海岸に向かう。

穏やかな、波が漂っていた。



「紅飛沫、」



居ますか?と声を発するのを遮り、海の中からゆっくり浮上してくるポケモンが顔を覗かせる。

波の中を割って姿を表したのはラプラスである。瞳が紅の色をした部分的色違いのラプラスだ。ラプラスは久々に顔を合わせた主人に向かって一声、鳴く。しかし嬉しそうに寄ってきたと思えば一変し、慌てたように水面を漕いだ。一目見て体調があまり思わしくないのだと判断したのだろう。ガクリとしゃがみこむワカナに鼻先をくっつけて何かを探るように、ラプラスは胸元に顔を寄せる。

そう、胸元に顔を寄せ、そこを訝しげに匂いを嗅いだ。その時ラプラスは直感で悟ってしまう。



「……………」

「…っ、…ねぇ紅飛沫。最近、凄く体が重くて、痛いんです」

「…………」

「原因は、何となく、わかってます」



ドクリ、と体が熱い。

痛い。痛い。痛い。



「…………サクヤさ、ん。私、まだ、」



死にたくなんて、ありません。



それが、辛い辛い、下段への始まりだった。



十一華繚乱

ああ、ああ

せっかく掴んだ幸せなのに、

まだ私は、枯れ落ちたくはない





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