六華




「鈴虫、蜜虫。ワカナ知らねぇか」

「「?」」



フワフワと漂う二匹に、サクヤは声をかけた。

見慣れた姿が見えない事に疑問を持ち始めたのはつい先刻の事。未だ想いが尽きる事の無い愛しい女の姿を探しに探していたのだが、やはり探し求めている姿は見付からない。寝ているだろうと予想した寝室にも姿無く、はて、とサクヤは眉間に皺を寄せながら首を捻った。

それにもう一つ疑問がある。息子のユイは今トレーナースクールに行っている為家には不在なのだが、娘のアヤも何故だか居ない。こうもセットで見掛けないと言うことは二人して出掛けたのだろうかと思うが、ワカナがサクヤに黙って外出する事は決して無い。有り得ない。

何処行きやがった、とまだ探していない場所を探ろうと部屋を出ようとしたその時。視界に入った窓の外でフワリと浮かび上がったそれに、丁度良いと言わんばかりに声を掛けた。

窓を勢い良く開けた為に風に揺られていた二匹、ミツハニーとワタッコはビクリと即反応する。

二匹には愛称があった。

鈴虫とはミツハニーの字。

蜜虫とはワタッコの字。

似たような名前である。



「ハニー」

「ポポー」

「……そうか。ったく、何処いやがんだ」



二匹は揃って首を横に揺らす。(体を横に揺すっていた)
二匹が知らないと言うのなら、外には出てはいないだろう。万が一、一人で外出する時は必ず鈴虫と蜜虫どちらかが彼女の傍に付くのが暗黙のルールだからだ。

なら、と思い、サクヤが寝室を出た丁度その時だ。彼を呼ぶ小さな声が、何処かの部屋で聞こえた。
それに訝しく思ったのは娘であるアヤの声で、大分荒げている事に彼は眉を潜める。

―――何かあったのか?

早足に声の元へと足を進め襖を開けたその先に、いつも通り見慣れた二人がそこに居た。ただいつもと違うのは今にも泣きそうになっているアヤと、腰を屈めて蹲っているワカナ。肩が異様に揺れ、浅く早い小刻みな呼吸を繰り返していた。恐らく過呼吸だろう。



「パッ…!」

「おうアヤ。大丈夫だから泣くんじゃねェ」

「ママっ…とつぜっ…!アヤ、どうしたらいいかわかんなっ…」

「分かってらァ、大丈夫だからアヤちゃん落ち着きな。…アヤ、悪ィが向こうから袋持って来れるか?」

「んっ…!」

「転ぶなよ」



目に涙を溜めたアヤは直ぐに駆けて行った。

 ワカナの過呼吸は別にこれが初めてではない。過去何回もそれを見て来た上に立ち会って来た今となっては格段驚きはしないが、その時殆どは父親やユイが傍に居た。処置も分かる。しかし今回は誰も居なく、アヤ一人だった為に特別大きな不安があったのだろう。土壇場になって混乱して、普段見ていたものもどうすれば良いのか分からなくなってしまった。まあ幼児だけでなくともよくある事だろう。

アヤが部屋から居なくなったのを見送り、サクヤはうずくまって浅く早い呼吸を繰り返すワカナをゆっくり抱き起こした。呼吸器路を正してやりながら背中を擦り、顔にかかった長い髪を払い退ける。



「大丈夫かいワカナ」

「…はッ…だ、…はっ、な、さまッ…」

「ああ、ああ。俺だ。無理に治めようとすんな。焦んねぇでいいから大きく吸ってゆっくり吐きな」



彼女の顔色は青白く染まっていた。背中を擦る事数分、漸く正常な呼吸に戻ってきたワカナを抱き上げ、サクヤは椅子の上へと座らせる。

目線を合わせるようにしゃがみ込み、髪を撫でると視点の合っていなかった深く蒼いそれが目の前の彼を捕らえた。



「…………っ、…」

「…落ち着いたか?」

「…は、い」

「ったくよォ。おめぇさん、今日体調よろしくなかったろ」

「……朝から、あまり…」

「馬鹿。駄目じゃねェか寝てろよ」

「…ごめんなさ、い」

「別に怒っちゃいねェよ。心配すんだろ、俺もガキ共も」



血色が戻りだした顔は相変わらず青白いが、俯いてしまい隠れた表情には影が差している。彼女の事だ。迷惑を掛けた事に対して罪悪感やら何やらと感じているんだろうとサクヤは思う。

すっかり影が差し、暗くなってしまったワカナにサクヤはため息を着きながら頭をかく。どうしたもんか、とガシガシと黒髪をかくとビクリと彼女の小さな肩が跳ねる。…恐る恐ると視線を送るワカナはどうやらまた勘違いをしているらしい。これは彼女の悪い癖だ。別にワカナを責めている訳では無い。気分が悪いなら無理して動き回るな。心配させるな、と言う意味なのだが。

冷たく色薄くなった唇を親指で撫で、軽く口づけた。



「おいワカナ、俺ァ…、」

「パパふくろ!!」

「………………」

「すまんアヤもう必要ねェみてぇだ」

「えー!?」



そして大体こういう時はイイ感じで邪魔されるのだ。



六華繚乱

貴方は妾に贈る

心配なさるなと言う

それはやえ嬉しき事ども

それでも妾は

羽が在る内に舞っていたいのです





- ナノ -