五華
「パパー」
「おう、どうしたアヤ」
「にーはー?」
「ん、ドラ息子?」
「ドラ●もん?」
「…いんや、何でもねェよ。あいつならちょいとお使いに行ったよ」
「ママはー?」
「ワカナも一緒に出掛けてらァ。なぁに、晶影が一緒だから心配いらねぇさ」
「鳥さんもー?」
「おおー鳥さんもよォ。…で、アヤちゃんはどうした、なんかあったかい?」
とある日常。窓辺に座って酒を煽っていたサクヤの元に、とてとてと近寄ってきたアヤは父親の着流しの袖をクイクイと引っ張った。
サラリ、と純粋な漆黒の髪が窓から入る風に揺れ、隙間から垣間見る紅い瞳が視線を落とす。僅かな日に照されたその顔は不気味なくらいに整っている。娘に気付いたサクヤは酒瓶と猪口を端に寄せ、アヤの脇に手を入れ「よいせ」と胡座をかいた膝の上へと乗せる。
突然軽々持ち上げられたアヤはぶらんと一瞬変な浮遊感を感じたが、それもまあ一瞬だったからかそんな気にはしていないようだ。
父親はそんな娘にケラケラと笑うと頭をボスボスと撫でた。
アヤの要件は、どうやら兄であるユイを探していたらしい。きっと遊んで貰おうとしたのだろう。しかしユイは今日の夕飯の買い出しに出掛けているらしく、母のワカナもそれに付き添いで珍しく外出のようだ。因みに“鳥さん”とは、サクヤのポケモンであるピジョットの事である。名前は晶影と言う。
「えー…にーもママもいないんだー…」
「あいつになんか用だったのか?」
「あそぶよー」
「パパ遊んでやろうか?」
「んーん。だってパパむりなんだもーん。くっきょーよ」
「ハハ、屈強な?おーパパ強ェか」
「そう!パパくっきょうー!」
「なんか嬉しいねェ」
「うれし?」
「そうさね」
素直に娘の言葉に頬が緩む父親。クク、と笑いを噛み潰したように口端を上げるサクヤは実に愉しそうだ。「あのドラ息子もアヤみてぇにもうちょい素直ならなァ」とか何とか言っているがアヤにはあまり意味が分かっていないらしい。ずっと首を傾げたままだ。
それから暫くアヤは父親にくっついていたが、ボールと人形を抱えながら転がって遊んでいた矢先、直ぐに飽きが来てしまったらしく「つまんない」と嘆くようになった。腹いせと言わんばかりにボールを抱えながらそこらを転がっている。そんなアヤに酒を再び煽り始めていたサクヤはふむ、と考えるように手に顎を着いた。
「アヤ、腹減ってるかい?」
「う?」
「折角だからパパとちょい美味ェもんでも食いに行くか」
「っい、く!」
「よしよし。じゃあエンジュの甘味屋に決定なアヤちゃん。特製特大パフェ食いに行くぞ」
「わーい!」
「そうと決まればほら、そんな薄着じゃあなくてもっとしっかりしたモンに着替えて来い」
「はーい」
アヤは実に単純な性格である。こうして機嫌が悪くなっても大抵は食べ物で機嫌が急上昇する娘だ。実に扱いやすい、とサクヤは思う。
アヤが奥に走って行ったのを見送り、サクヤは外出用の着流しを羽織直して下駄を手早く履いた。
その時、ひょっこりと屋根の上からルカリオが顔を出した。
『おや主、お出かけでございますか?』
「おう蒼棘。ちょっくらアヤ連れてエンジュまで行ってくらァ」
『佐用でございますか。あまり遅くなってはワカナ様がご心配なさります故…』
「ああ、分かってるよ。ワカナが帰って来たら夕暮れ刻までには帰ると言っとけ」
『承りました。主、ユイ君には…』
「ああ?あいつァおめぇ、俺が居ない事に清々しい顔してんだろ。腹立たしい事に」
『………それもそうですね』
「パパー」
「おうアヤ。んじゃ、行ってくらァ」
「いってくるねトゲトゲー」
『いやアヤちゃん、トゲトゲではありません蒼棘で御座います』
「トゲトゲー?」
『いや蒼棘で御座いますよ』
「トゲトゲでござます?」
「…ハハッ!悲しいなあ蒼棘よぉ?」
『………お気をつけて行ってらっしゃいませ』
五華繚乱
落ち葉と紅葉を足場に
妾は行く
柔らかな土を足場に
妾は行く
愛しい人と我が子を両手に
妾は行く