act.94 七夕・願





「うわぁ……今日は星いっぱいだねぇ」

「そうだな。今日は良く夜空が栄える」

「雨降らなくて良かったね」

「…そうだな」



今日は7月7日。七夕だ。その為ライモンシティ総出で夏祭と称して出店やら短冊やらあちこちに出ている訳だが。

今から花火が上がるらしい。ホドモエ橋かワンダーブリッジから見るとかなり綺麗に見えるとのことで、今はホドモエ橋に来ていた。案外ライモンシティからは歩いて差程かからない。最初ホドモエ橋とワンダーブリッジ、どちらに行こうか話していたのだがアヤがワンダーブリッジに行くことに対して唇を曲げてやんわり。

「そこは嫌だと」拒否を示した。

理由はあの迷いの森の入口の前を通り抜けなければならないからだろう。

やはりあの森で起こった出来事は恐怖体験に入ったのか、近寄りたくは無いらしい。
まあそりゃそうだろう。あの事件以降、テレビで報道されてから殆どの一般人やトレーナーが迷いの森の中に入ってはいないそうだから。

レッドは頷いて、それならとホドモエ橋に同行した次第である。
因みにその橋の上にも出店がたくさん並んでいて。流石の多さにレッドも呆れてしまった。ライモンシティの中であれだけ屋台を散々回った後だったし。出店にはもう並ばなかった。もうライモンシティの中で充分食べ尽くしたからだ。

橋には所々ベンチが出されており、そこに二人で腰掛けて座る。ふう、と暑いのか手団扇で自分で自分に風を送るアヤは胴回りをキツく締め上げる帯が少し苦しいのだろう。先程から無意識に帯を何度か摩っているのを彼は気付いていた。
他人を着付けたのは如何せん初めてだったから少しキツく締めすぎただろうか、と思いながらレッドはアヤの帯に手をかけた。



「ン"ぇ!?」

「大人しくしてろ」

「………あ、ハイ」



こんな公衆の面前でいきなり人の帯に手をかけて何を晒すのだろうとアヤはギョッとしたが……まあアヤの予想に反して帯に軽く隙間を作られて緩められたのだった。

腹回りが優しくなり急な開放感が出て呼吸が多少楽になった。ほぅ、と息を吐き出すと次に頬をべシッと叩かれる。



「イテッ!?」
「この馬鹿。苦しいならすぐにそう言え」

「ご、ごめん。こういうものだと思ってたから…」



アヤがおっかなびっくりしながらレッドに謝る。いつものやり取りだ。

その中でふと彼の顔を見ると、涼しい表情の中に僅かな……疲労感を滲ませていた。上手く隠されている。



「……大丈夫?」

「?」

「ほら、人混み嫌いって言ってたから…気分悪くなってないかなって」

「ああ…べつに、」

「……レッドって。人混みは嫌いだけどこう、ポケモンバトルの試合とかそういうのは平気なの?いっぱい人いるじゃん?人酔いとかそういうのはしない?」



レッドは人混みはあまり好きでは無い。

静かな場所が好きだしそもそも“騒音や雑音”が嫌いだ。

しかしバトル中に起きるあの白熱した熱気や雰囲気、人の歓声や恐慄く人の視線は慣れている。あのバトルから織り成す本気の闘気や熱気は好きだ。全てポケモンバトルだからだ。ポケモンと名のつくものなら、関係のあるものなら嫌悪の対象には欠片も入らない。そもそもバトル中は己のアドレナリンも出ていて一種の興奮状態に陥るからあまり気にならないというのが本音だ。

彼は案外単純というか、そういう男だった。

今はアヤも一緒だったから、周囲への多少の“嫌悪感”はあれど猛烈に嫌ではない。それに彼にはアヤと行動することに意味があり、充実した時間を一緒に過ごすことに対して意味がある。それらを気分悪いや、嫌いなどと。思うはずがないのだ。



「さっきも言ったが、お前と一緒なら嫌いとかそういうのはない。心配するな。あとポケモンバトルはそもそも別」

「さいですか」



そうですか……とアヤは理解してるんだか理解していないんだかよく分からない顔をしていたが。あ、そうだと小さく呟いたアヤがいそいそとあるものを召喚した。



「七夕だから短冊とか書いて飾る人が居るね。飾る?」

「どっから出した」

「さっきテキ屋のおじさんに…」



いつの間に持っていたのか。アヤは白の短冊を二枚取り出しそれを一枚、レッドへと渡した。これまた何故かペンまで持っている。



「これは……」

「短冊に願い事書くと叶うんだって。ほら、いっぱい笹の葉に括り付けられてるでしょ?あれに吊るすんだってさ。関係あるか分からないけどジ……ジ……ジラーミィってポケモンが願いを叶えてくれるらしいよ」

「ジラ……なんだって?」

「ジラーミィ?伝説ポケモン……だったような。詳しくはよくわかんないけどね。まあ1000年に一度目覚めて、お願いを叶えてくれるっていう非常にロマンあるポケモン……?」

「ジラーチな。なんだそのチラーミィと融合したようなキメラは。七夕と何か関係あるのかそれは」

「んんー?………1000年に一度目覚めたのが七夕の日とかだったんじゃない?」

「だいぶ適当だな」

「だから詳しくは知らなくて」



まあそんなことより、とアヤは短冊を眺めた。

せっかく貰ったのだから、何か書いてみようかな、と思って。



「………」



レッドはアヤがなんて書くのか気になった。短冊。要は、願望。欲しいもの、望むもの。こうなったらいいな、という想像。ぶっちゃけ知りたい。というかそんな所に書かなくても自分にさえお願いしてくれたらなんでも叶えられる気がするのだが。物理的に欲しいものだったら金と権力で万事解決できる。あ。嘘。両親を生き返らせたいだとかそんなSFみたいなことは断じて出来ない。最悪、“会いたい”とかだったなら魂を呼び戻すことができれば。……かなり頑張れば出来そうだが。

レッドはそんな願いがアヤから飛び出した時、本気で何とかしようとする気でいた。しかしいくら経っても唸ってばかりで短冊に何も書こうとせず。レッドは首を傾げる。



「書くだけならタダだぞ」



と言いつつ。

急かす。

お前の為なら悪魔に魂を売ってでも何でも叶えてやるぞ。

なんだったらホウオウを鳥の丸焼きにして捧げたっていい。(やめなさい無礼にも程があると怒られた)必要なら実家の人間を生贄にする。やれと言われたら迷いなく実行に移すだろう。

そんなとんでもないことを悶々と考えて本気で実行に移そうと企んでいたこの男の思想なんて露知らず。アヤがそこに書いた瞬間叶える気満々だったのだが。



「んー…欲しいものというか、今のところ何もないんだよね」

「……無欲だな、お前は」

「いや、だってコンテストはもう制覇しちゃったし。トップコーディネーターにもなれたし。叶えたいものなら自分が努力すれば頑張ればなれるし。わざわざ神様にお願いしてなれるくらいならそれ程簡単なものはないでしょ」

「…お前にしては、正論を……」

「ねぇ失礼!?」



レッドは少し、いや結構吃驚して珍しくその目を見開いた。

アヤがド正論なことを物申している。

確かにそうだ。かなり説得力のあることを言っている。

努力して頑張る人間は嫌いでは無い。アヤが努力する人間で良かった。何よりである。思わずレッドは偉い偉いとアヤの頭をよしよし撫でてしまった。



「だから、これからなりたいものも、目指すものも特にはなくて…」

「欲しいものは?」

「あ、それはもうレッドから貰った」

「は?」



本気で素っ頓狂な声を上げてしまった。

そんなレッドを見てアヤは笑って。



「これ、貰っちゃったし」



アヤはえへへと笑いながら自分の手を、今朝方レッドから強制的に贈られた指輪(ズブズブな呪いの象徴)をトントンと指さした。



「実はね。ずーっと欲しかったんだ」



アヤは両手を合わせながらふふふ、と笑って。

出来るなら、ずっと隣に居たい。

自分が好きになった人と一緒に居たい。

あわよくば、これから先も。

大人になっても、おじいちゃんおばあちゃんになっても。

その先も。

でも。自信がなくて、自分から言えなくて。

だからどうすれば、何をすれば彼が自分の隣にこれからもいてくれるのだろうとずっとずっと、考えていた。

自分には特に秀でたものがない。レッドにとってこれから共に歩むに当たって必要な有益なものも特段持ち合わせていない。レッドを楽しませるような…バトルが特に強いわけではないし、バトルが特別好きでもない。そもそも職業が違うから競い合うこともないだろう。

容姿は特別可愛かったり綺麗な訳でもない。周りを探せばもっと綺麗で可愛い人も溢れる程居るだろうし。母のように、美しい歌手として世界中から愛されるような……あんな風には到底なれない。体型も身長も、言わなくても分かるだろうがかなり子供体型だし。

自分からコンテストや演技を抜いてしまえば本当に何も特技と…長所と言えるものがなくなってしまう。そんな何もない女を隣にずっと置くほどレッドはきっと甘くは無いし。自分を売り込む手札があまりにも少ない中、これから自分と一緒に居てもらうにあたりどうすればいいのだろう……そう思っていた矢先の出来事だったのだ。

この前プロポーズみたいな口説き文句を…否、結婚の約束さえあれよあれよと交わされ。

そして今日、約束を形にするようなこんな嬉しい物を貰ったから。

しかも自分の誕生日に。

アヤはもういくら考えても今のところ欲しい物は考えつかないし思いつかなかった。



「レッドがこれからも一緒にいてくれるから。ずっと欲しかった物は貰ったからもうないよ」



きっと邪悪なものがアヤの目の前に居たらその後光というか、強烈なマイナスイオンを発する凶器と化した光の笑顔で消滅していただろうとさえ思った。

それを聞いたレッドは耐えきれずズシャァァッとベンチから崩れ落ちた。



「ええええええええ」



レッドの頭から落ちたオシャマリは既にアヤにキャッチされた。



「えっ…ちょ…ど、どうしたの…!」

「(あーーーーーーーー…………)」



レッドは不意にトキメキと言う名の大砲…否、ミサイルに破壊された心の砦を再構築させるのに必死だった。

その無表情の鉄仮面の下は嬉しいやら好きやら愛しいやら尊いやらで心の中は既にぐしゃぐしゃである。



「(しんどい……死ぬほどすき………)」



もう目と鼻と口から血が流れているような感覚さえある。歓喜で色々出そうである。というか油断すれば吐血するか鼻血が出そうな気がする。

ベンチから崩れ落ちて蹲るレッドを見て、アヤは「え?自分なんかマズイこと言った?地雷かなんか踏んだ?今のワードでどこに地雷が?」と終始真っ青になりながらオロオロしているが。ピカチュウとオシャマリ、それにボールの中に大人しく観戦を決め込んでいたサザンドラとチュリネの合計4匹のポケモン達は揃いも揃って『(尊い…)』と両手を合わせて合掌していた。否、ピカチュウは心の中でそんな打ちひしがれる主人を見て終始爆笑していたそうな。

己のトレーナー達が幸せそうで誠に良きかな。

顔が熱い。多分興奮というか嬉しさで血圧が急上昇したから顔面が赤くなっているのかもしれない。そんな醜態はアヤには死んでも見せたくないのでレッドは自分で自分の横っ面を張り飛ばした。惚れた男の突如なる奇行に「ギャッーー!!」とビビるアヤはもう気にしないことにして。

レッドはズタズタに撃ち抜かれた心に喝を入れてアヤの手をガッチリ掴んだ。



「ヒイッ」

「幸せにする」

「えっ」

「俺の人生投げ打って命かけてでも幸せにする」

「待ってよそれはヤメテ。キミ死んだらボク、シアワセジャナイ。不幸にナッチャウ」



レッドの内心大歓喜であった。






七夕・願



「っていうことでなにも書くことないから、ここはネタに走ろうと思います」

「?」

「いや〜…ー度は書いてみたかったんだよねー厨二全開で」

「適当に書くのか……いったい何を」


“世界崩落”


「………」

「………一度は…書いてみたくて……“世界崩落”…四文字熟語みたいでカッコイイよね……ぇ、ちょ、そんな目で見ないでよォ!!…、…………?」

「……アヤ?」

「今何か言った?」

「……?いや、俺は何も。その短冊に思うことはまああったが」

「そんなこと書く奴本当にこの世にいるんだなって顔やめてよォ!!いいじゃん若気の至り!!」

「はいはい………って本当に飾るんだな……」

「ここまで書いたら飾らなきゃ面白くないもんね」

「………」

「その哀れんだ目……やめて……泣いちゃう……」









ねがいごと
がいつかかなうと
いいですね
をつかれさまです
かなうといいですね
なまえをしっていますかわたしの
え?しらない?
まあわすれてしまったの?
しょうがないですね
ょくおもいだして
うれしいでしょ






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