act.93 七夕・夜






そして夜になり。

ライモンシティは溢れる人混みと並ぶ屋台でごった返している。

そしてそんな中、レッドとアヤは浴衣で練り歩いていた。



「七夕だし、お祭りだもんね。浴衣の人たくさんいるんだろうな」



昼間にそう言ってボヤいたアヤの言葉を爆速で拾い上げ、これまた爆速でレッドはレンタルした。浴衣?アヤが浴衣?何だそれ超見たい。他はどうでもいいがアヤの浴衣はめっちゃ見たい。そう思った彼はアヤを早速ブティック系列に並ぶ呉服屋へと引き摺って行き(アヤは止めたが間に合わなかった)複数の柄と色を爆速でピックアップを始めた。

流石レッドの見立てというかセンスが良いのか、持ってきたものが全て美しい。しかしどれもが白か水色、紺色、蒼色、薄紫である。どれも自分が好きな色ですありがとうございます。レッドは何故かピカチュウと討論していてあーでもないこーでもないと少し言い合いになっているが、何を討論しているのかわからない。

「好きな物を選びなさい」とレッドから言われたアヤは浴衣なんて着る気はなかったけれど、せっかく用意してくれようとしてるんだしここで断るのは失礼かなと思ってじっくり吟味を始める。結局どの柄も色も好みだったから選べなくて困っていたらオシャマリとチュリネが出てきて「コレコレ」と、1つの浴衣を見て二匹はアヤに訴えた。

その浴衣は白色で、藤の花が薄い青色と薄紫色に柄として入っているのだが…いや本当にハイセンスであった。自分の好きそうな柄と似合いそうな色を選んだレッドもピカチュウもそうだが、オシャマリもチュリネも流石女の子である。

恐らくこれがサンダース達ならこうもいかないだろう。

これもいいしあれもいいし、と悩んで決断出来なかったから助かった。アヤも皆が決めてくれたならこれがいいな、と思って手に取るとレッドは頷いてその浴衣だけ持って会計を済まそうとしたので思わず慌てて引き止めた。



「ちょ、待って」

「?なんだ、他に欲しいものでも?因みに帯と浴衣にも合うサンダルがあったから既に買ったぞ。普段履きなれない下駄だと靴擦れとかするからな」

「いつのまに!?ありがとうっ……じゃなくて!そうじゃなくて」

「?」

「レッドは?」

「俺?」

「まさかと思うけど…ボクだけ浴衣で歩かせるつもりじゃないよね…?」

「………」



いや、全くその通りで無言になってしまった。

別に浴衣や着流しなんて自分は実家で死ぬ程着ていたし、今更着たいなんて思わない。それに洋服に慣れてしまってからは着物は動き難い。機動性にも優れていないし。もう好んで着ようとは思わなかったのだが……。



「え……一緒がいい……」



そんな顔して言われたら「別にいい」なんて言えなくなってしまった。

わかった、と一言伝え適当に選ぼうとしたら「適当はダメです。まあレッドの適当って、適当じゃないもんね…だっていつでもハイセンス……」なんてアヤが言いつつ「お願いこれ着て!!」と興奮気味に言われて押し付けられた浴衣を了承して購入し、宿泊先のポケモンセンターに戻ってきた訳だが。



「カッ……カッコええ……なんなの……何着ても似合うってなんなの……もう本当に怖い……顔面が良い……顔面600族って何しても許される…」



早速アヤは項垂れていた。

両手を地に付けて。

黒色の鰹縞柄の浴衣を手早く身に付けたレッドを見て衝撃が突き抜けた。ガクッと膝が折れてアヤは項垂れながらも鼻と口を覆う。鼻血出て来そうですカッコイイですご馳走様です。いやそれにしても美しすぎる。自分の推し(好きな人)がこんなにもイケメンで美しい。ああ神様、彼を作ってくれてありがとう。いやこの場合レッドのお母様、彼をこの世に産み落としてくれてありがとうございます。今日も推し(惚れた男)が突き抜けてかっこよくて最高です。涙が出そうであった。

ピカチュウは見慣れているのか特に何も反応はないがオシャマリとチュリネ、そしてボールの中のサザンドラはニッコニコであった。

っていうか顔面600族ってなんだ、とレッドは首を傾げながら項垂れたアヤと時計を交互に見る。もうすぐ18時を回ろうとしていて、もうそろそろ出るか…と考えながらアヤを立たせた。



「アヤ、そろそろ出るから項垂れてないで着替えてこい」

「項垂れてるのはレッドのせい………あ、」

「今度はなんだ」

「あの……」

「?」

「ど、どうやって着るの…」



その時、レッドは「おや」と思った。

そうか。アヤは浴衣や着物を着た事がないのか、と思って。
浴衣の他に色々浴衣用肌着や腰紐などの小物がセット売りになったそれは…確かに普段洋服しか着ないのであれば使用用途など不明だろう。「そうか」と頷いたレッドはアヤの手から一式受け取ると袋から全て取り出した。



「脱げ」

「え」

「着付けてやるから脱げ」

「きっ…着付け出来るの!?」

「早く」

「えっ、ちょ、まっ…ぬ、脱ぐからっ。自分で脱ぐからっ…!ややや、どこ触ってっ」

「あー……柔い…」

「ちょっとー!?」



アヤの服を無表情で剥ぎ出したレッドはどさくさに紛れて胸を揉み尻を触り、アヤの浴衣を着付けて行くのであった。

そして着付け終わったアヤを見て満足そうに笑ったレッドは容赦なく写真に収めていた。アヤはげんなり、何かが磨り減った顔をして。ポケモン達もこれにはニッコニコである。

やっぱり女の子の浴衣はいいなーなんて思って。




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二人は最早テンプレと化した浴衣変装Ver.(特にレッドの変身熟練度に磨きがかかっている)をしてライモンシティの人混みの中に紛れ込んでいるが恐らく、二人が誰だかきっとマジマジ見ないと分からないくらいにはカモフラージュされていた。
アヤもレッドもマスクで顔を覆っている他、アヤはヘアスプレーで髪色を変えているし、レッドはサングラスとメッシュを入れる徹底ぶり。

確かに。こんな人混みの中心で有名人が居たら揉みくちゃにされるだろうしパニックを引き起こすだろう。確かガラル地方でチャンピオンとどこぞやのドラゴンストームが映画館で身バレして大変なことになったとか何とかニュースで見た気がする。

レッドの頭の上にオシャマリが、アヤの肩にピカチュウがそれぞれくっついていた。確かにこれだけではパッと見、2人が誰なのかは想像も着かないだろう。




「レッドーこっちこっち!」

「この馬鹿…」



おい、名前をそう簡単にこの大勢の前で呼ぶな。変装の意味が無いだろうがと思いつつもレッドはアヤの姿を見て天を仰いだ。

白い生地に蒼と薄紫の藤柄。髪はレッドが適当に結って軽く飾りを添えた。

屋台からひょっこり顔を出すその輝かしい笑顔。

眩しい。

眩しすぎる。

可愛いし最高。



「(あーー…脱がしてぇ…)」



なんて無表情の顔の下で邪なことを考えているこの男。

アヤを着付けていた時から下心剥き出しである。

自分が着させた衣装をこの後脱がすのも一興。



「(何だそれ……最高か…)」

「お祭りと言ったら屋台だよね!全部食べ歩きます」

「全部はやめとけ」



さかさず突っ込むのは忘れてはならないが、アヤなりの祭りの楽しみ方というのをレッドは一緒に経験することにした。

殆ど彼女は祭りの時間大半を食べ物に費やしているが、それがまあ屋台の食べ物というのは美味しい事を知った。屋台の食べ物は美味しい。それがこの場の雰囲気もあるのかそうでないのかわからないが。レッドはアヤが買ってきた牛串をもぐもぐ咀嚼しながら思った。何だこれめちゃくちゃ美味い。

とりあえずたこ焼きやら焼きそばやら焼き鳥、かき氷、綿飴、イカ焼き、豚串、牛串、フライドポテト、焼きトウモロコシ、りんご飴、いちご飴、フライドチキンを根こそぎ食べ尽くす。吐きそうなほど食べるアヤに思わずストップをかけて、そして最後にチョコバナナとフランクフルトとかいうアホみたいな見た目の食べ物を買いそうになったアヤを力ずくで止めた。

彼は、ぶっちゃけ初めてそんな食べ物を見たのだ。

いや、名前は知っていたかも知れない。

しかし実物を見たら眉を寄せた程。

レッドは言うなれば金持ちのボンボンである。

そんな卑猥な物をこんな公衆の面前で食わせられるかとレッドは青筋を立ててアヤを止めた。おい、そんなもの咥えるならもっと相応しいものがあるだろうと思って。



「…………?」



なぜ止められたのか分からないアヤだが、ダメなら次にとレッドと一緒に人混みと屋台を練り歩いていく。次にアヤが目を付けたのは射的だ。これは良い。かなりのコントロールと集中力、命中率を上げるには打って付けだからだ。別に景品は要らないのだけれど。

屋台のおじさんに料金を支払い射的を構えてアヤは撃ち落としていく。何発か外れて、撃ち落とした景品をおじさんはアヤに手渡そうとするがアヤは断った。そこら辺の子供に上げて欲しいと。適当に配られた子供達は喜んだ。

そしてレッドはそんなアヤを見て「お前、こういうのも得意なのか」と声を掛けて「昔ユイ兄が……」の下りで全てを察した。



「んー…ユイ兄、なんかこういうの得意なんだよね…って言うかあの人が射的やると本場もんのヤバい人にしか見えなくて」

「…………」



それを思わず想像してしまってレッドは思わず頷いた。

確かに本場もんのヤバい輩にしか見えない。ヤクザだ。昔はどんな風貌だったのかは分からないが、今あの顔で射的なんかやったら完全にヤクザか何かにしか見えないだろう。それに屋台の射的屋に銃を構えてればもう完璧に的屋のアンちゃんである。この場に居れば確実に店主をビビり散らかし子供がチビって泣く。

アヤはケラケラ笑いながら言った。



「レッドもせっかくだしやる?」



アヤはレッドに自分が使っていた銃を手渡した。

そして彼は銃をじっと見て。

しばらく考えた後、店主のおじさんに料金を渡して。

その数十秒後、



「―――ちょっと待っておかしい!!」

「何が」

「普通っ…普通はそんな一発であんな大きな景品は取れないって!?」

「いや、取れるだろ。一発で取れなくても物理的な動く角度の位置と急所を狙えば」

「物理的な…?」

「あのデカいカビゴンの人形。下半身は重量があるが、あの右耳の所…少し傷になってる所な。確実に何発か同じ部位を射抜けば台から浮く。少し浮いた所を追随で打ち込めば……」


バチッバチッバチッ

ゴトッ。



「ほら」

「待っておかしいッッ!!??」

「だから何が」



あれ?その銃、さっきボクが使ってたヤツだよね?間違っても発砲した時バチバチ音なんてしなかったよね?パンパン音が鳴ってたよね?

それに、撃ち方がもうプロい。なにその構え方。

アヤは射的はそこまで下手くそでは……ないと思っている。下手くそでは。だって的にはある程度当たるし。や、だがしかし。やっぱり自分が下手くそなのかと思って、隣の重いゲーム機の入った箱を試しに何発か撃つ。何発か外れて色んな所に当たったその箱は…はい。ビクともしなかったです。首を傾げたアヤを見て、彼は補正し始めた。



「構え方が悪い。顎もっと引け。脇を閉めろ。腕の角度はこう……そう、しっかり同じ所を狙え。あのゲーム機の箱なら右下ピンポイントな」

「…………ひぇ」



そうだった。なんで忘れてたんだろう。

この人、超人だった。

ポケモンバトルだけじゃない。

あらゆる意味での超人。

要は天才だった。

アヤの弾は何発か箱から逸れ、そして何発か疎らに当たって。それを見てレッドはゆるりと銃を手に取り、恐ろしい速さで球をバスバスとブチ当ててはゲーム機を狙撃した。そして残った球も綺麗に使い切り、何個かの大きな景品を追撃して。

何それ怖すぎる。

そして今まで適当に落とした景品達をこれまた適当に周りにギャラリーが出来ていた何人かの子供達に押し付けると子供達は泣いて喜んだ。

そしてもう用はないとばかりにアヤの手を取り歩き出したこの男は店主を間違いなく泣かせた。



「(…………?)」



あれ?常識ってなんだっけ?

と思った今日この頃。

アヤは彼の超人さを再確認した。






七夕・夜




レッドと過ごす祭りはとても楽しかった。

楽しかったのだけれど。

とある屋台を見て、レッドが深くため息を着いたのをアヤは見ていた。



「………金魚掬いじゃなくて……トサキント掬いっていうのがあるんだけど……」

「………あれはやめとけ。人間の手で品種改良された極小サイズのトサキントだろ」

「う、うん」



彼は“こういう”のを尽く嫌った。










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