act.87 二匹目、チュリネ






「チュリリ!」



ちょん、とアヤの目の前に鎮座したチュリネを見てアヤは一息着いて。

そして。



「……きみ…生きて、」



あの時、森の中で最後に見たチュリネの身体が欠損した姿を思い出した。

もう虫の息、正しく瀕死状態のチュリネを見てアヤはどうしても死んでほしくはなくて「死なないで」なんて苦虫を噛み潰したように言って。あの時はかなり必死だったからか所々記憶が曖昧だ。

ただただ、我武者羅だったのを覚えている。

どうにかしてペンドラーから逃げ切ることを頭に入れて自分達が生存する方法を考えていた。しかしそうは言ったものの。チュリネは見た目通り辛うじて息があるものの瀕死の状態だったから。神頼みに近い思いで死なないで、生きてよ、頑張ってなんて思ってしまって。腕に抱いた植物特有の独特な匂いがツンと鼻をつく。指先が植物の汁のようなぬめりを帯びて。手先が、腕が震えた。


ああ、まただ。

また、目の前で死んじゃう。

もう誰かが死ぬのを目の前で見るのは嫌だった。

………………?

嫌だった、とは?

嫌だった。なんて言葉が間違っている。

誰かが死んだところなんて一度も見たこともないはずなのに。


アヤは少し沈んだ思考を打ち切ってチュリネに手を伸ばした。ああ良かった。死んじゃったかと思ったのだ。だって、助からないかもと思ったのだ。もう無理だと、半ば思っていたから。でも希望は捨てないで、とも言われてたからチュリネの生命力を信じて願って祈って。ちゃんと助かった。良かった。

生きてて良かった。

喉に詰まっていた息を少しずつ吐き出したアヤの固くなった表情が徐々に解かれていった。ほう、としてその丸いツヤツヤのフォルムの頭を撫でる。チュリネは拒絶もなくその手を受け入れた。



「良かった……死んじゃうかと、思った。元通りになって良かった。仲間が心配だよね?直ぐにもと居た所に………ってなに!?何してんの!?チュリネさんっ!?」

「チュリリッ」

「嫌だと」

「えエッ!??」



元に居た所に戻ろう、そうアヤが言葉にするとチュリネは何を思ったのか勢い良くアヤのスカートの中に突進して来た。葉っぱが太腿に擦れて擽ったい。突拍子な行動を取ったチュリネに焦っているとレッドが躊躇なくアヤのスカートの中に手を突っ込みチュリネを引きずり出した。

手がない分、短な胴体?いや、足をバタバタさせて力いっぱいレッドの手から逃れようと藻掻いている。尋常ではない暴れ様に流石に何かを感じたのか、レッドは手を離すと再びチュリネはアヤに寄っていき衣類の下に隠れてしまった。



「チュリ、チュリ……」

「……チュリネ?」

「……………」

「チュリ、チュリリ、チュリ…」

「「……」」



アヤの衣類の中に隠れ、縋り付くように頭を押し付けるチュリネが僅かに震えていることに気付いたアヤは手を止めた。何となく無理やり引き剥がす気になれなくて、困ったようにレッドを見遣る。



『帰りたくない。もうあの森には仲間は居ない。親も兄妹も、仲間もみんな食べられた。帰って、誰もいない中でまたあんな怪物みたいなのに食べられるのは嫌だ。ひとり、は嫌。わたしだけ…ひとりで生きていくのは、怖い。さみし、い』



レッドもピカチュウもオシャマリも、そしてボールの中で大人しく様子を見ていたサザンドラもチュリネの小さな主張を聞いていた。

サザンドラはチュリネの主張を聞いて、小さく唸る。何故なら境遇が自分と限りなく近かったからだ。群れの中で独り。親しい友人も家族も居ない中、自身を気にかけ助けてくれるポケモンなど居ない。厳しい生存環境の中、これから生きていかねばならない現実。



『お願い、お願いよ。わたしを、連れて行って』

『なんでもするから、』

『やれって言われたこと、命令もお願いも。何でもするから』

『あなたの言うことなんでも聞くわ、聞くから』

『ひとりに、しないで』


『アヤ、ちゃん』



じんわり滲む涙に、スカートが濡れていく。

レッドは今までのチュリネの言葉を訳そうとアヤをチラ、と見るが。どうやらその必要は無さそうだった。己の服の内側に隠れてしまったチュリネをただ黙って、何やら考え込むように俯いている。多分、自分が余計なことを言わなくてもアヤはチュリネにとって助かる判断を取るだろう。

チュリチュリ泣きながらそれでも離さないと言わんばかりに縋りつくチュリネに、流石のアヤも何を言っているのかは想像出来た。こんなに泣いて震えている小さな子を振り切ってほっぽり出すなんて鬼みたいなことは、どこかの誰かさんじゃあるまいしできない。

小さな体を衣類の上から両手で包み込むようにアヤはポンポン叩き、「じゃあ」と声をかける。



「えっと…一緒に来る?」

「……チュリ!」





そんなこんなで、チュリネが仲間になった。







二匹目、チュリネ

後にアヤのパーティー最かわランキング1位を取得することになった。(シャワーズが呪い殺すような目で見ていたのをチュリネは一生忘れない)







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