act.85 保護用のモンスターボール






アヤが入浴を済ませるなり、逆上せてフラフラになりながら浴室から出てきたアヤをとっ捕まえて頭をゴシゴシとタオルでレッドは拭きだした。そして問答無用でソファに座らせて水分補給を促されて。足元にいるオシャマリが「ふっーーー」とかなんとか言いながら涼しい風を送ってくれているそれは凍える風の応用ですね。扇風機より質の良い風をどうもありがとう。

レッドがドライヤーをかけた後、彼はアヤをソファに座らせたまま言った。

ジョーイの所へ行ってくる。絶対に部屋から出るなよ。誰が来ても、だ。

そうレッドは言って部屋を出て数十分後に戻ってきたのだが。一言一言念を押して言う徹底ぶり。余程心配というか、常にアヤが何をしているのか把握しておきたいという思いがありありと見えた。

なんか、前よりも保護力上がってない…?と思うアヤは正しい。

少しアヤが俯き気味で大人しく座っているだけでレッドはアヤの顔を上げさせ、「どこか不調か」と問う。慌てて違うと首を振れば、彼は安心したように息を着いて「なら良い」と。そんなに心配しないでよ、熱で倒れるなんてボク初めてだったんだから。そんな頻繁に倒れる程貧弱なつもりじゃないんだけど。

そう言ったアヤにレッドははいはいと頷くだけであった。

部屋から出ていったレッドを見送ってアヤは体をぐっーと伸ばし始める。一週間以上横になったままだとやはり体力の消耗も激しく、体のあちこちが痛いのである。パキパキコキコキ鳴る関節を自覚しながら、少しずつ筋肉を伸ばしては柔軟とストレッチを続ける。

しかも両足が少し浮腫んでいる。眉間にシワを寄せてアヤはぐっ、ぐっ、と引き絞るように脹脛を伸ばした。壁に両足を付けて高く伸ばしては脱力した。これだけでめちゃくちゃしんどい。早く体力戻さなきゃ……と思ったところで部屋の扉が開いた。



「ただいま………って、お前何やってんだ」

「あっおかえりなさーい。足が浮腫んでるから、ストレッチしようかと…」



出て行ってから10分も経たず本当に直ぐに帰ってきたレッドは、扉を開けて中の様子を見るなり首を傾げていた。被っていた帽子を机の上に置くとそのままソファに座ってアヤを眺める。確かに、浮腫んでいると言えば浮腫んでいるが。元々細かったのもありそんなに気にはならない程度だ。

足が浮腫んでいる他に体のあちこちが硬そうなアヤに音も無く近寄ると彼はアヤの背後から両肩を掴んだ。ビクッと肩が跳ねるのを気にせず。




「………!?な、なに、」



「気張れよ」と一声かけるとレッドはアヤの背中を容赦なく押した。

そして。



「いっ……いたァァァァァッッ」

「硬いな」

「ギブギブギブッ」



股間が裂けそうな痛みである。メシメシと嫌な音も身体中から聞こえた気がした。アヤは思わず目に涙を溜めて講義するが案外その背中にかけられたレッドからの負荷は簡単に解かれた。「1週間以上伏せってるとこうも体が硬くなるんだな」そう言った彼は少し意地悪く笑いながらアヤの頭を撫で、「体の可動域が狭くなると何かと不自由な事も多いから、頻繁にストレッチしておけよ。時々押してやるから」と悪魔のような囁きが聞こえてきた。

アヤは思った。これ以上やったら股間が裂けそうだから嫌です。と。

宛ら違うニュアンスで受け取る事もできるが、それは本人が心の中で静かに思った事なので誰からも咎められることはないが。しかしレッドの助言は的を得ていることがかなり多いのである。その言葉に従う以外他ない。

アヤは涙を飲みながら恐る恐る頷いたのだった。

そして無理に開脚してギチギチになった股関節を労わるように普通に座ったアヤに、レッドはポケットからあまり見かけないような形状のモンスターボールを取り出しアヤに手渡した。



「……?なにこれ…?」

「ポケモンセンターで保護されたポケモンが収納されたボールだな。捕獲用じゃなく、保護用のモンスターボールらしい。所有権が誰のでもないボールだから、耐久性はない。ボールは簡単に壊せる簡易なボールらしい」



アヤが受け取ったのはいつも見ている赤と白のフォルムの普通のモンスターボールではなく、もっとちゃっちぃというか…簡易的な、直ぐに壊れそうな程薄いモンスターボールだ。

どうやらポケモンセンターで使用される保護したポケモン達を収納する用のボールらしく、耐久性がない代わりにかなり快適に過ごせるように設計されて作られているらしい。レッドがなんでそんなボールを持っているのかアヤは分からなく、困ったように、しかし珍しそうにそのボールを手にしげしげと見ていると突如ボールが開閉した。

赤い光がモンスターボールの中にいたであろうポケモンの姿を形取り……そしてそれはアヤがよく知っている姿に形取った。



「ーーーーチュリ!」

「…………あッ!?キミ、あの時のチュリネ!!?」

「チュリリ!」

「ジョーイから連絡があってな。完治した…みたいだな」



忘れていたわけではなかった。オシャマリが手元に戻ってきてからあのチュリネはどうなっているんだろう、とも思っていたがレッドが特に何も言わないからきちんと治療を施されていると勝手に思っていた。

今はもうあの虫の息……今にも死んでしまいそうな程弱った姿からは想像もつかないほど、元気に回復したチュリネを見てアヤは「ああ、良かった」と安心して笑ったのだった。







保護用のモンスターボール


アヤの笑った顔は、チュリネにとってとても印象深いものとなる









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