act.84 赤ちゃんかよ






「絶対に……!!ダメです!!」

「なぜ」

「お風呂は一人で入りたいんだって…!!」

「また溺れたらどうするんだお前」

「今日は大丈夫だって!もう頭も痛くないし眠くもないし!いや、だから、ちょっ、入って来ないでッッーー!!!」



寝込んでいた元気になった人間が一番まず初めにしたいこと。

それはきっと殆どの人が「風呂入りたい…」だと思う。

アヤも勿論その中の1人である。実はアヤが寝込んでいた時はレッドが我が物顔で身体を拭いていたのだが、アヤはそれを知らない。全てジョーイか誰か女の人がやってくれていたのでは…?とそんな生温いことを思っている。因みにユウヤも全く下心の一切曇りのない眼で「体清拭しないとね。汗かいたままだと悪化しちゃうし」なんて言いながらアヤの服を颯爽と脱がして体を拭いて手早く新しい寝巻きを着させるなんてことをしていたが、アヤは勿論その事は一切知らない。

レッドは最初死ぬ程抵抗感はあったが、「僕、一応医者だよ?大丈夫、女の裸なんて腐るほど見てきたから。患者相手に興奮なんてする変態じゃないから」なんてにっこり笑って言われてしまった暁には、流石のレッドもぐうの音も出なかった。寧ろ顔がそんじょそこらの女よりも綺麗な為、何故か女医だと思えばそう気にならなくなってしまった。そして洗面器とタオルを装備したユウヤは「ほら、年頃の女の子の裸体ジロジロ見るもんじゃないよ。え?何?もしかして気になってるの?変態かよキモッ。さっさと出てった出てった」と吐き捨てるように言い、かなり強引にレッドとユイを寝室から叩き出した。

ピカチュウは思った。

この人、下手したら主人を上から押さえつけられる唯一の人間なんじゃ…と。


そんなこんなで、今まで体を拭くくらいしかしなかったアヤはとにかく風呂に入りたかった。頭がベタベタで気持ちが悪い。早速入浴の支度を始めるのだが。何故かレッドも後ろからくっついて来た。え?なぜ?とアヤは自分の着替えを抱き締めてレッドを見やった。当たり前のようにレッドは「一緒に入る」と黒いTシャツを脱ぎ、風呂場の換気扇のスイッチを入れて我が物顔で入浴準備に取り掛かる。そして彼がズボンのベルトに手をかけるのを見て。

アヤは瞑想した。

何かに祈って。そして無になって。

いや待ってください。


アヤは物凄い速さでレッドの両手を掴んだ。



「いや待ってください」

「何で敬語なんだお前」

「何をしてるんですか」

「だから何で敬語なんだお前」

「まさか一緒に入ろうなんて思って…」

「だから一緒に入るって言ったろ」

「なんで!?」

「また溺れたりでもしたらどうするんだ」



どれだけ心配したと思ってるんだ。またあんな光景見るなんて冗談じゃないぞ。

そう言ったレッドの顔が若干歪んだのを見て、アヤは押し黙った。溺れたと言うことは、文字通り自分が水の中に沈んだのだろう。そんなのレッドじゃなくても、他の人が見たって吃驚するに決まっている。それにもしもレッドが水の中に沈んで行くのを見たら文字通り悲鳴を上げて引き上げにかかるだろう。心臓に悪い。

これはもう一人では絶対に入らせてくれるつもりは無さそうだ。

でもやっぱり、まだレッドと一緒に風呂に入るのは難易度が高すぎる。

明るい所で自分の裸を見られたくない。何も身に纏っていない状態を、この凹凸のない体型を見られたくは無い。ベッドの上であれこれするのとは、訳が違うのだ。
しかしレッドの言っている事も分かる。かなり心配しているのがアヤにもわかるからだ。それを無下にして突っぱねるのも……とアヤが言葉に詰まったその時。レッドの足をパシパシと叩く存在が沈黙を破った。



「マリ、」

「あ……アシマ…じゃなくて、オシャマリ」

「マリリ、マリ、マリ」

「……」



オシャマリだった。

この前の森の中でアシマリから進化してから、アヤは1週間以上を経ってやっとオシャマリと向き合ったのはつい最近の話だ。

アヤの意識がはっきり覚醒して、改めてオシャマリに森での出来事に助けられたこと、かなり深い怪我をさせてしまったことを詫びてお礼を言って。そして初めて種族名をレッドから聞いた時「確かにオシャレさんだ…オシャレの名に相応しいわ…しかもキュートで可愛いし文句の付けようがない…」なんてブツブツ言っていた。白い頭のポンポンが可愛いです。進化してより一層アシカのフォルムになって可愛いですありがとうございます。

そのオシャマリはレッドに一言二言、何かを言うと苦虫を噛み潰したように彼は眉間に皺を寄せて考え始める。そしてパシパシとレッドの足を叩き、真っ直ぐにじっと見つめるオシャマリに深く溜息を着いた。



「………わかった。何かあったら必ず呼べ。叫べよ大きな声で」

「マリ!」

「え?なに?なんて?」

「入浴中はオシャマリがお前の面倒を見てくれるそうだ」

「めんど……ボク赤ちゃん!!?」

「マリー」

「だとしたらでっかい赤ん坊だな」

「否定して!?」



最近のアヤは全てをお世話されている。

その事実に頭が痛くなったのは今日だけではない。しかもお世話しているのがレッドだけじゃなくピカチュウやオシャマリも含んでいる。そして渋々入浴室から出ていくレッドと引き換えに、ピカチュウが元気よく入ってきて「よっ」みたいな感じで手を挙げてアヤに挨拶した。どうやらピカチュウも一緒に入るらしい。

自分、めちゃくちゃおもりされてる……とアヤは引き攣った顔で思った。






赤ちゃんかよ


久しぶりに入ったお風呂は最高だった。

けど調子に乗って長風呂をして。逆上せてフラフラになったアヤを見てキレかけたレッドがいたのはまた別の話。







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