act.83 健康が一番良い





そして。




「ええ!?今っ…じゅ、12日!?」

「嘘と思うならカレンダーを見ろ」

「寝込んで…一週間以上!?」

「お前があの日溺れて熱出してから、今日までの日数な」

「そんな高熱ずっと続いてたのに…入院しなくて良かった…!ボク病院嫌いなんだよね…あ。でもそのせいでレッドには多大なご迷惑を…」

「だから迷惑じゃない。病院には行かなかったがユウヤは呼んだぞ」

「え」

「因みに兄貴も来たぞ」

「えっ」



アヤが熱を出してダウンして、まともに動けるようになったのが12日目。

やっと体調はいつも……とまでは行かないが、食欲も出てきた頃。寝込んでいた時は殆ど眠って食べることはしなかった為、今アヤが食べ始めているのはゼリーやプリン、お粥などである。

レッドがコンビニで購入したゼリーなどをアヤに与えて黙々と食べては、ポケモンセンターのレストラン直属のコックに無理を言ってお粥などを作って貰ったりなど。(ジョーイからも理由を聞いていたコックは快く引き受けてくれていた)

少しずつ調子が戻っていくアヤを見てレッドも満足気と言うか、酷く安心したような表情で頷いている。いやほんと、イッシュに来てから彼には迷惑のかけっぱなしである。ご迷惑お掛けして本当に申し訳ございません。

そんな中兄貴が来たぞ、そう言われてアヤは勿論目を剥いて驚いた。食べていたお粥を掬ったスプーンを持つ手が止まる。あの兄が、しかも自分の、たかが熱を出したくらいで心配なんてする訳がないのに。何をしに来たのだろう。お見舞いなんてそんなことをする人間では無いことはわかっている。何故ならそこまで繊細ではないからだ。

だとしたら、きっと苦しむ自分の顔を笑いに来たのか。



「(ざ、ざまぁとか思ってたり…)」



今回は状況が状況なだけにそんなこと思っていないのだが。

アヤは兄に対する考え方が少々、ひん曲がっていた。

そんなアヤの考えなんて知るはずもないレッドは「兄貴とユウヤにお礼の一言くらい言っておけ。特にユウヤは色々と診てくれたからな」と伝えられ、それについてはアヤも、ああ…ユウヤさんはそうだね。優しいから…なんて考えて頷いた。



「(でもほんと、なんで二人してこんな遠くまで来たんだろう)」



兄もユウヤも、かなり多忙な筈だ。

噂は兼ねて聞いている。ただの暴走族の筈が何故が1つの大きな組織になり、様々な依頼を受け持つ偽善団体みたいなことをしていることも。依頼と見合った対価を払えば何でも受け持つ。一種のビジネスである。

中でもユイは頭だし、ユウヤはその中の専属医である。2人ともただの風邪っぴきをお見舞いする時間なんてないだろうに。



「(……………?ってことは、待ってよ。あの夢?に出てきたユイ兄って……)」



ぼんやりと微かに思い出すのは酷く優しい兄がいたこと。全て自分の夢だと思っていたけれど、レッドの言う通りしばらくの間ここに居たのだとしたらあの時の兄は…。

いや、まさかそんな……。

とアヤは思うことにして。



「(……今のボクに。ユイ兄があんなに優しいはず、ないもん)」



嫌われているはずだ。

昔みたいに過剰に表には出すことはしなくなったけれど、人に対する嫌悪感はそうそう拭い切れるものではないのだから。兄に特別何かをした記憶はないから、きっと自分が知らない内に兄の逆鱗に触れることをしたか、兄にとって許されないような事を言ったのかわからないけれど。

昔理由を聞こうとしても何も教えてくれなかった。



「いいよなァ。お前は。俺の後に生まれたからって。そんな理由で優遇されて。何も考えずにのうのうと寝て食ってばっかで」



昔、そんなことを言われたことがある。

今思い返しても意味がわからない言葉だった。兄の後に生まれてきただけで、誰かから優遇されたことなんて記憶にない。何も考えずにのうのうと……は、まあ。用意された食事を食べて毎日寝ていた記憶はあるけれど。

何故そこまで嫌われてしまったのかわからない。

それでもこうして今は何かと構ってくれたり、洋服をくれたりする理由はたった一人、残された家族である妹へのせめてもの情けなのか。なんなのか。



アヤはそう思いながら、後で二人にお礼のメールを飛ばすのであった。(兄からは一切の返信はなかったが)







健康が一番良い



「……………」

「良かったね?元気になったってさ」



妹から送られて来たメールを見た兄が、はぁ……と溜息を着いたのはまた別の話。






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