act.81 兄帰還





アヤは前まで熱が出ているとは言えちょこちょこ眠っては起きてを短い時間で繰り返していたが、それがなくなりぐっすりと眠っている事が多くなった。丸一日眠り、熱に魘されながら起きて少量の食事と水分を誰かが与えて、また眠る。それを繰り返しているが、1週間経ってやっと微熱までに下がった。表情も心做しか多少良くなって、息苦しさが無くなったのだろう。今では心地よさそうに眠っている。

ユウヤはそれを確認して、ジョーイから預かった点滴を交換しながら最後に採血をして鞄に詰めた。



「じゃあ、俺達は戻る」

「何か異変があったら教えて。たぶんもう大丈夫だとは思うんだけどね」



ユイとユウヤは1週間程滞在して、シンオウ地方に戻ったのは数時間前の事だ。





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何日も拠点を空けるわけにはいかないようで、ここ1週間、ユイの手元のポケフォンはひっきりなしに電話を知らせる着信音が鳴り続けていた。相当忙しいらしい。その証拠にユイの手持ちはレントラーとプテラ、ユウヤはブースターだけであった。皆、拠点でそれぞれの仕事を受け持っているらしい。



「そういやゾロアはどうした」



アヤの様子を見に来て初日、ユイはあの日にモニター越しに見たゾロアが居ないことに気付いて部屋中を見渡した。そこにはピカチュウと、レッドのサザンドラが入ったモンスターボールと、そして新顔のオシャマリのみ。

このオシャマリはアヤのポケモンだと一目見てわかったが、人懐っこいのかユイにもベッタリとくっついていた。主に頭や肩、腕、足だったりと、そりゃあもうユイの行く先々でくっつき虫のように必死になってくっついていたのだった。

それを見て珍しそうに首を傾げたユウヤは「随分と懐かれたねユイ。やっぱり兄妹だと何か感じるものがあるのかな?それかオシャマリが懐っこいだけ?」と特に気にしていないようにユイとオシャマリを見ては、ユウヤはレッドに聞いた。
客用のコーヒーや紅茶を用意しながらレッドは暫く考えて、「いや、俺にはされたことないから人懐っこいって訳ではないだろ。アヤの兄貴だから通ずるものがあるんだろう」とレッドも特に気にしていないように言う。



「そういえばオシャマリは?ユイとくっついてないってことはアヤちゃんと一緒かな?」

「アヤの傍にいる。もう一時間くらい歌い続けてるんだが…」

「子守歌でも歌ってあげてるんじゃないの?優しいね」



オシャマリの所在を聞いたユウヤは部屋を見渡すがその水色の姿はなかった。概ねアヤの所にいるだろうなとは思ったが、まあ予想は当たる。だいたいアヤかユイにくっ付いているからだ。

この1週間、オシャマリは歌を歌い続けている。

子守歌としては異常だと思う程に。



「何でかわかんないけど、オシャマリはユイ達が好きなんだね」



ポケモンに好かれて良かったじゃない。しかもあんな可愛い子にお気に入り認定されてさ。もっと喜びなよユイ。なんて言うユウヤに対して大きな舌打ちが入るがレッドは何も聞いてませんと言うようにスルーした。

そんな男三人をピカチュウは見て、複雑そうな顔をしているが。

その理由は今ここでは、ピカチュウのみぞ知る真相である。



「………?おい、」



ゾロアはどうした。そのユイの疑問をレッドは少し考えて、全て正直に答える事にした。
古代の城で起きたその現場に、アヤが居たこと。ゾロアに騙されて故意ではないにしろ殺されかけたこと。それらを一連の流れで伝えて、アヤの手持ちから選択肢など一切与えず強制的に外れるように仕向けたことを伝えるとユイは頷きながら「まァ妥当な判断だな」と頬杖を着いた。しかし「でもアヤちゃんはそれについて納得はしてるの?あの子の性格じゃ、仕方が無いって割り切ってても心のどこかで思うことはあったんじゃない?」と言うユウヤに、レッドは多少なりとも思うことはあった。

そんなこと百も承知だったからだ。



「けど、おめェはそれがどうしても許せねぇんだろ」

「……………」

「間違いでもねぇが、愚妹にとってそれが正しい訳でもない。だがコイツが反論してこねぇのは事の重大さと、おめェの言ってることが分かってて正しいと思ってるからだろ」

「まあ、ゾロアの件は残念だったって事だね。………で?今回はどうしたの?」

「向こうに居た時にチョロっとテレビで小耳に挟んだが…数日前にこの近くでまた何かあったろ」



三人はそれぞれソファや椅子に座り、これまでの状況や最近あったことをレッドからお茶請け代わりに話を聞くことにした。

それはゾロアの話を筆頭に、代わりにアシマリが手元に加わったこと。古代の城の地下にはどれくらいの規模の研究室があったのか、など。そして、今回の森での出来事も。



「………待って、おかしくない?」

「おかしいのは全てだと思うが」

「いや、確かにそりゃそうなんだけど。アヤちゃんが音も動く気配もなく、たった数秒目を話した隙に居なくなるのってどう考えともおかしいでしょ」

「…まぁな」



レッドはアヤが消えた時のことを思い出す。

本当に数秒、目を話しただけだった。そこまで離れたつもりはない。振り返り、大きな声を出さなくても普通に喋れば聞こえる位置にいたはずなのだ。
ピカチュウもいた。互いに気配に敏感だし、それにピカチュウよりもジヘッドの方がありとあらゆる気配に敏感なのに。それなのに誰も動く気配すら、草を踏む音すらしなかった。そこからおかしいと思っていたが、物理的な理由が何もなければレッドは所謂霊的な何かがアヤに干渉しているのかと思っていた。

自分が気づけないなんて、それ以外あるものなのか。

それに、とユイがソファにふんぞり返って己のポケフォンを弄り、画面から視線を外さないまま言った。



「今回の森の事件の資料をリーグからチラッと見させて貰ったが……森に住むポケモンの生態系に影響がある程、ポケモン同士の共食いがあったんだろ」



そのユイの言葉にレッドは頷く。

レッドが見たのは森の最深部に進む程、草ポケモンが大量に食われてその亡骸が至る所に転がっている光景だ。草ポケモンだけではない。様々な幼体のポケモンが乱雑に食い散らかされていた。
それに、一日二日では到底食い切れる量ではなく。一体いつからあんなことになっていて、そして何故周りの人間がその事に気が付かなかったのか。もっと酷かったのはその捕食対象がポケモンだけではなく、人間も対象だったことだ。糸で巻き付けられ、木にぶら下げられた既に死んだ数人の人間達。



『最近、森がおかしいの』

『私達の親はみんな食われた。残ってるのは私達幼体だけ』

「…………おかしくなったのは、いつからだ」

『………半年前、』




「確か、チュリネ達が言うには半年前から森の様子がおかしかったらしい」

「…………半年前?」



野生のチュリネやモンメンの情報は正しいものだろう。
何せ森を住処にしていたのだから。



「親であるドレディアやエルフーンは全て食われて、あの森には分布しない」

「…僅か半年で、そんなこと有り得る?」

「実際に全滅した親を持つチュリネ達が言っていた事だから、たぶん本当のことだろう」



そして更に奥へと行けば異様なペンドラーが他の野生ポケモンを次々に捕食している光景で、更にアヤを頭からかぶりつこうとしている光景だった。

そのことを言えばユウヤは顔を真っ青にしながら「よ、よく生きてたね…アヤちゃん…」と言いながらユイはユイで眉間をグッと寄せながら「アイツは気合いが足りん。何のためにあん時無人島に放り込んだと思ってんだ」と言うこの兄にレッドもユウヤもギョッとして「は!?」と奇声を上げた。主にユウヤが。
「まだガキの頃にナイフ1本とイーブイ一匹で無人島に放り込んだ事がある」とカミングアウトした時は流石のレッドも頭を抱えることになった。因みにアヤはポケモンに好き嫌いがないが、どうしても苦手なポケモンが一匹いる。

リングマである。

ただ単純に怖いらしく、野生のリングマが目の前に現れたら一目散に逃げる。戦う気はサラサラない!とそういえば以前そんなことを言っていた。だとしたら、アイツはよくシロガネ山に登ってこれたな……とレッドは思った。

ということは何か?
まあ、今となってはその機転の良さがあったからあそこまで逃げきれたと言っても良いようなものであるが。



「うーん…いくら小さな森と言えど、普通半年で生態系がおかしくなるなんてこと……」

「そういえば……チュリネ達が歌が聞こえてくるようになったと、そうも言っていた」

「…………歌?」



途端に、ユイとユウヤの顔が真顔になった。

顔色が変わったことに勿論気付いたレッドは探り、様子を見る。



「レッド君はその歌、聞いた?」

「……風に乗って僅かに聞こえる程度、だったが。ハッキリはよく分からない」

「他に誰かいなかったか?」

「いや。……ポケモンと人間の死骸と。それと襲われかけて意識がない子供を助けたくらいだな」

「………」

「………そう」



ふと、レッドは思い出した。



「小さな女の子がいたよ。えっと、このくらいの」




アヤが、そう言っていたのを思い出した。



「でも、どこ行ったんだろう。さっきまでいたんだけど」




「そういえば、女児が居たらしい」

「ーーー幾つくらいだ」

「アヤが見た感じだと、恐らく5歳前後くらいだと思うが…」

「アヤちゃんが見たの?他に何か言ってなかった?」

「何も」



それ以外、アヤからは特に何も聞いていなかった。

ユイとユウヤはそれぞれ視線で何かを会話して、難しそうに何かを考えるように唸って、そして沈黙した。何かあることは一目瞭然だった。言いたいことがあるなら言え、と若干苛立ったように言えばユイは「ここで言うべきことじゃない」と頭を振る。



「そう焦るな。こっち来たら全部包み隠さず話す」



いや、説明しなきゃまず始まらねェ。



「いいか。かなり大規模な掃除になると思っとけ。最大戦力でチーム編成して今回の依頼に当たれ。愚妹のお守りはもう何人かに目星つけて頼んである。それでも不安なら、戦力に支障のないポケモンを愚妹に付けとけ」









兄帰還


じゃあな。あとは宜しく頼むわ。

そう言って二人は帰って行った。








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