act.80 変わらない癖





ペットボトルをそこら辺に置いたユイは抱き起こしたアヤを布団の上に戻して、毛布を引っ張り上げる。薬を飲ませても解熱はしないだろうし意味は無いとは思うがこれも気休めだ。本当に、何から何まで世話の焼ける妹だった。薬くらい自分で飲めや、と思いつつも仕方ないか……とも思う。

解熱剤を口の中にねじ込み、強制的に水を口内に送ってやると喉が渇いているのかごくごくと飲み始めるし、途中から何やら自分のことを焔の小僧だと思い始めたのかなんか知らんが合わせた唇を舐め始めた。チロチロと自分の唇を舐められる舌の動きに眉間に皺を寄せて、ユイはその妹の額を思いっきりデコピンで弾くと「???、???、??」と合わせた口を離してぼんやり瞬きを繰り返しながら首を傾げている。

そして何故だか昔の呼び名で「おにーちゃん」とずっと自分のことを呼ぶもんだから。

少し、返答に困って。

寝惚けてんじゃねぇ。もう寝ろ、と一声かけて布団に戻してやった。

今にも眠ってしまいそうな虚ろな瞳を見ていたら母親と瓜二つで。被ってしまった。そろそろと手を伸ばしてくるのが見えて、迷った末にその手を取って頭をガシガシ撫でてやることにする。こんなこと妹が正気な時には絶対してこないし、自分もできやしない、と思いながら。

手を握ってやると安心したらしい。もにもに口元がやんわり笑み、そのまま眠ってしまった。…………自分にそんな安心したような、そんな無防備な笑顔を向けるのは、何年ぶりだろうか。もう昔過ぎて覚えていない。

完全に意識が眠りに落ちたのを見届けて、ユイは握った手を布団に戻してやる。



「?」



静かな空間に突如ベシャッ、と音がしてユイはその音の方へ視線を動かした。するとこの地方には珍しい…オシャマリがソファから落ちて、床を這いずっていた。
そしてそのオシャマリはユイの顔をまじまじと見つめ、モゴモゴと何かを小さく呟いて鳴いた後、ーーー堰を切ったように大泣きを始めた。



「…はァ?」



ユイは眉を顰め、なんだコイツはと舌を打った。

自分の顔見て泣かれるなんて赤子か幼稚園児くらいしか…あ、いや、一度顔面が変形するくらいまでボコボコにしたクソ生意気な暴走族のチンピラはこの前自分が声をかけただけで白目剥いて気絶したことを思い出した。

だがしかし自分の顔は人相は悪いとは思うが決して不細工ではない。

数ある依頼を受け持つ中で女をターゲットにする場合はこの組員の中、顔が良い男共を選んで仕事をさせるのだが。所謂色男と呼ばれる連中である。
年齢層が広いこの一見何の集団なのか分からない謎の集団(正解:表向き暴走族)には、その中にもユイの名前は上がっている。当の本人は面倒くさがって嫌そうにしているが、何故か周りは「ユイさん、横暴なのになんで女達から人気があるんだろうな…」「馴れ馴れしくしないのがいいんじゃねぇ?素っ気ないのがいいんじゃねぇ?」「無駄に優しくしないのがいいのか?一匹狼ぶればいいのか?」「本人に聞いてみろよ」「いや無理」「そんな事聞けねぇよ。怖すぎて恐れ多い」なんて言われている。何の話してんだかさっぱりだった。おい、そんなくだらないこと言ってないでさっさと仕事しろよといつも思うばかりである。

そんなこんなで、見た目は悪くないはず。まあデフォルトの顔が眉間に皺寄せてるから人相は悪い方なのかも知れないが。

しかしこんなポケモンに怖がられて泣かれる程人相が悪くなったのかとユイは思った。だって今はそこまで機嫌悪くない。解せぬ。

ユイは己の顔の評価をきちんと受け入れ、理解していた。

自分は顔面が良い。

しかし今は凄んでもいなければ根目つけている訳でもない。そんなに泣くほど顔が怖いのか。ユイはしばらく考えて、その泣いているオシャマリに「おい、そこのちいせぇの」と声をかけるとオシャマリは今度は嗚咽混じりに泣き出してしまった。

いや何でだよ。

ユイは若干舌打ちをしながらもベッドから腰を上げた。ギシッとスプリングがしなり、極力怖がらせないようにオシャマリのすぐ目の前で膝を折る。所謂ヤンキー座りをして上から眼圧がかかっているのだが、本人には至って圧をかけているつもりはないのである。これでも。どうしたものか、と考えてユイはオシャマリを両手でワシワシと撫でた。えぐえぐ泣いているオシャマリを見て、そういえばレッドから森での件を聞いて唐突に思い出した。



「おめェ、森でこいつを守って大怪我したそうじゃねぇか」



こいつ、と顎でアヤをしゃくりながらユイは言った。

ワシワシと豪快な手付きでオシャマリの頭をもみくちゃにしたユイは、ふと手を止めてその水色の頭に手を乗せたまま止まった。

感触を確かめるように、労わるように撫でて。



「ーーーありがとうな」



こいつ、俺の家族なんだ。

妹だ。



「助かった」



そう言って、眉間に皺を寄せたまま不器用ながらもユイは笑った。



オシャマリは。

その顔を見て、また静かに泣いた。






変わらない癖


ああ、あなたは変わらないのね。

そうやって笑う癖も。

ずっと昔のまま、変わらないのね。






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