act.77 熱発
熱い。
熱く煮出したサウナの中にいるような。
けれども体は重くて水の中に沈んでいるような、そんな怠さが全身に感じる。
ごぽ、ごぽ、と水の中の気泡が泡立ち、上へ上へと登っていく。
そんな感覚と共に、アヤの意識が深い水底から水上へと引き上げられるかのようにパチ、と目を開いた。
「……………?」
目の前が少し霞んでいるように見える。
部屋の灯りはもう消されていて、今自分はベッドの中で眠っていたのだと理解するのに時間はかからなかった。起き上がろうとすれば思った以上に身体は鉛のように重く、頭に酷い痛みがあることに気付いた。少しでも動こうとすれば目眩がして天井が回る。
今までとは全く状態が違う自分の身体の変化に戸惑った。
「…?」
「おい、起きるな」
「レッド、」
「熱出てる。そのまま寝てろ」
隣で眠っていたらしい。アヤが覚醒したのを気配で感じ取ったレッドは、上半身を起こそうとしたアヤを寝床に戻らせる。
ムクリ、と起きた彼は冷蔵庫から新しい氷枕を手に取り、アヤの頭を上げて枕を交換した。
戸惑いつつもありがとう、と言ったアヤをチラ、とレッドは見た。
彼は「いつから調子が悪かったんだ」と聞くとアヤはポカン、として首を傾げた。
「調子…?わ、悪くないよ。なんで?」
「………38.8。上がったな」
「え"っ」
ピピピ、と電子音が鳴った。
いつの間にやら測っていたのか、アヤから体温計を引き抜いたレッドがそれを見て眉間に皺を寄せた。「まだ上がりそうだな」という言葉を呟くとレッドは薬を用意してアヤの元までやってきた。
背中に膝を入れて頭を少し高くすると、パキ、とシートから錠剤を取り出したレッドはアヤの口に錠剤を幾つか口の中に含ませた。ペットボトルでそれを流し込み、嚥下を確認した彼はアヤを再び静かにベッドへ寝かしつけた。
38.8?それ、ボクの体温?なんて思って唖然とする。
でも、確かに。そう言われてみれば、頭も痛いし身体も怠いし。熱っぽい。いや、熱っぽいんじゃなくて熱があるんだ。
「か、風邪かな…」
「疲れもあるだろう。……すまん、気付いてやれなかった」
「な、何でレッドが謝るの…」
いつから体調が悪かったんだ。
そう問われて思い返すと、アヤは返事が出来ない。いつから、とは。
いつからだろう。体調なんてさっきまで、普通だった。森ではかなり走ってたし、帰ってきてからも普通にお風呂に入った。
答えあぐねているアヤを見てレッドがそういえば声が枯れていたな、とは指摘されたがあれは森の中で……言わば“叫んだ”からである。体調とは関係ないと思うが、レッドはもう体調不良の一つとして片付けたのだろう。
食欲はあるか、と聞く声にアヤはゆるゆると首を振った。
っていうか今何時?時計を探すようにキョロキョロと辺りを見渡せば、「夜中の2時30分」とのこと。もう夜中で、この時間から食事は流石に……それに食事をしたいとは思わなかった。全くお腹が空いていない。
「(………そういえば、昼間から何も食べてないのに全然お腹空いてないなぁ)」
あ。とアヤは思った。
それ、お風呂入った時から思ってた事だった。と。そしてちょっと思い返してみると、そういえば森から帰ってきて、ポケモンセンターに着いた途端にどっと疲れが押し寄せてきたような。身体がとても重かったような気がして。
お風呂入った時もそうだ。やけに暑いなぁ、なんて思ってたけど。そうか。
「ご、ごめんレッド。そういえばお風呂入る前から自覚症状あったかも…」
「……」
それを聞いたレッドは眉をピク、と上げてから途端にはぁ…と重たいため息を着いた。自覚症状があったが本人がそれを分からなかったと。
それに自分も着いていながらこの失態。
さて、どうしたことか。
「(………いっその事、これから一緒に入るか)」
「…………………あれ?そういえばボク、お風呂入ってたよね?」
「ああ。それが?」
「……………え?ボク…いつベッドで寝たんだっけ…?」
「お前覚えてないのか。風呂で溺れたんだぞ」
「溺れたの!!??」
「ああ。顔ごと沈んでた」
「顔ごと、」
アヤは青くなった。
湯船に浸かって微睡んでいた記憶はある。うとうとして、疲れたなぁと思いながら。
え?もしかしてあの時眠いなぁ、と思ったあの後から記憶がない。きっとその時から顔ごと沈んでいたとして…。
「ピカチュウに後で礼を言っておけ」
「ピ、ピカさん…」
「アイツと入ってなきゃ今頃お前、病院に運ばれてるか最悪死んでたぞ」
「は、はい……」
沈んだアヤにいち早く気付いて、レッドを呼んだのはピカチュウである。
因みにアヤを介抱中、ジョーイを呼んだのもピカチュウだと知ったアヤは「もう何でも出来るじゃん…流石ピカチュウさん…万能すぎる…」なんて思ってしまう。
ピカチュウは寝室にはおらず、どうやら寝室の外のソファで丸まって寝ているらしい。後日お礼のお品を贈呈せねば。
「……じゃあ、ジョーイさんも助けてくれたんだね」
「ああ。熱が下がったら一言お礼してこい」
「………うん」
もぞ、とアヤが布団を引き寄せて眠る体勢を取るが、はた、と気付いた。
溺れた時、自分は素裸だった……はず。
「レッド?」
「なんだ」
「ボク、お風呂入ってた時、全裸……」
「?そうだな。風呂から上げたのは俺だ」
「うん、助けてくれてありがとう。ってことは、ボク、すっぽんぽんの状態でレッドに介抱されてたってことじゃ…」
「そうなるな」
何を今更、と彼は言った。因みに服を着せたのも俺だからな、と知らされるとアヤはいよいよ白目をむき出した。
自分は何度この人に醜態を晒せば気が済むのだろう。そう思いながら。
布団を頭まで被ってワナワナ震えているとレッドからまた溜息を着いたような音が聞こえた。
「…お前、もしかして裸を見られたからへこんでるんじゃないだろうな」
「だ、だって」
「何を今更。だってもこうも、もうお前の裸を俺は何回見たと思ってるんだ」
「それとこれとは別なんです!」
「別なのか」
「別なの!!明かりがある所とそうじゃない所は、別なのです…全く別ものです……!」
「(………まあ。あんな明るい場所で、しかも間近で裸体を見たのは初めてと言えば初めてか)」
しかしあの時のレッドは見たと言えば見たが、そこまでじっくり、それこそ舐め回すようにはその裸体を観察は出来ていなかった。
余裕が無かったからである。
惜しかったな、と思えば惜しい気もするが。別に残念な気持ちは全くない。それはこれから先、いくらでも見れる機会は沢山あるだろうし、写真にも残すつもりである。
ふう、と一息着いたレッドはアヤの布団の中に手を差し込み、そして服の中にズボッと手を突っ込んだ。
「ヒィッ!?」
触れた素肌はいつもより、熱感があって熱い。内腿の間を撫でるようにして上へ上へ手をスライドして、そして柔らかな尻肉を鷲掴みにした。
尻も、“素肌”である。
尻の割れ目に指を這わせればアヤはビビって肩をはね上げた。
「えっ………エッ!?あれ、下着は…」
「すまんな、付ける余裕がなくてな。如何せん、高熱でずぶ濡れのお前に服を着せて頭乾かすことが最優先だったからな。ずっと寝てるんだから下着なぞあってもなくても変わらん」
「あっ…そうだったんだ…!ごめん。ちょっとパンツだけでも…」
「俺しかいないんだから必要ない。それよりも寝ろ」
「(いや、レッドが居るんだから問題なのでは?)」
思ったよりも、呆気なくアヤから手を離したレッドはその隣に潜り込んだ。布団を手繰り寄せて毛布もしっかりかける。
「寝ろ。恐らく、まだ熱は上がるだろうからな」
頭を撫でられ、布団の上からポンポン叩かれるのを最後にアヤは頷いて瞳を閉じるのであった。
熱発
じりじり、身体の“内側”が熱い
何かを飲み込むように、何かを熱で溶かしているように
徐々に、徐々に
熱で覆われて行った