act.73 救難






『グォォオオオオッッ!!!!』



ゴリッと何かが抉れたような音がして、ペンドラーは吹き飛んだ。

そこには黒と青の二色の大きな身体と、3つの首を持つポケモンがペンドラーを力の限り叩き付け、横薙ぎに吹っ飛ばした。その3つ首のポケモンはアヤを見るなりその周りのクルマユ達を竜の息吹を持って一掃する。

そして、丁度ペンドラーが横薙ぎに吹っ飛ばされた先に男が立っていた。



男は、レッドは。

ふらりと歩き出した。

ずずず、と滲み出る黒い濃厚な殺気。その顔は鉄のように無表情で。そして僅かながらチリ、チリ、と殺気と入り混じり緋色の焔が燃えて、燻って消えていく。

そして吹っ飛んで転がってきた無体を働いたソレを、情け無用と言わんばかりにペンドラーを蹴り飛ばした。



「…………」



ドゴッ、っと鈍い音を立てて、転がる巨体。

凡そ人間の出す蹴りの威力ではなかった。そして彼の腕には、頭から血を流した小さな子供を抱き抱えている。一般人だった。恐らく普通に森の中に遊びに入っただろうただの子供。それが、襲われているのを幸運にもレッドに発見されて助けられた。

彼が森の深層部に。ここに来るまでに沢山のポケモンの死骸を見てきた。

ポケモンだけでなく、数人の人間の“遺体”も。

どれもこれも荒々しく捕食された後であった。

それに人間やポケモンを食料として貯蔵するように、糸でぐるぐる巻きにされており木に吊るされているエリアがあった。それは今日一日では到底食い切れる量ではなくて、しかも人間も数人食われているとなると異変に気付いた警察やレンジャー達が討伐に動き出してもおかしくはない。けれどそんな事件や討伐依頼なんてリーグには未だに上がっては来てはいないし、この森の異変には誰も気付いていない。

そもそも、だ。

この森には自然の食料が溢れる程あるのに、ポケモン同士が食料に困り、飢餓状態になって共食いする理由なんて無いはず。野生のポケモンが先程とうってかわり、こんなにも殺気立つ訳。

何か、理由があるのかも知れない。

わらわらと野生のポケモンが囲む様に寄ってくる。

なぜ?

森に入った時とはまるで、森その物の様子が違う。

こんなおどろおどろしくはなかったはずだ。



「…サザンドラ、」



レッドは、“ジヘッド”だったポケモンへと声をかけた。

くる、と一対の首だけ振り返るサザンドラはレッドへと向き直り指示を待っている。アヤ捜索中に襲い来るポケモン達と戦い進化したらしい。サザンドラはレッドの言いつけ通り、アヤを見つけ出し、そして守った。

本当に、よくもまあこんな短期間で強くなったものだ。

彼はもう弱くはない。レッドがいなくても、一匹でも充分戦える程強くなった。

そんなサザンドラへ一言「ありがとう、良くやった」と声をかけて、そして彼は周囲のポケモンを何とも思っていないかのように見渡して。



「掃除しろ。

―――一匹、残らず」



とそれだけ伝えた。

サザンドラが動く。ここに来るまで彼が進化する過程で、悪巧みか振るい立てるか何らかの技でバフを掛けまくったのか。轟音と共に高火力の竜の波動で全てを一掃しにかかった。ゆっくりとアヤを見遣る。彼女は座ったまま意識を飛ばしていた。…それもそうだ。だって今し方、喰われかけたのだ。放心もするだろう。

レッドがアヤを見つけた時は、丁度ペンドラーがその大口を開けて今にも頭からかぶりつこうとした状態だった。血の気が引いた。生きた心地が、しなかった。思わず“捕縛術”をかけようとした程、レッドは目の前が真っ赤に染まり上がっていた。けれどサザンドラの介入により、それはなくなったが。

虫ポケモンの蜘蛛の糸でアヤの下半身はぐるぐる巻きになっており、その背後でカクカクと何かが動いている。

ハハコモリだ。



『ォォ、ォオナナカ ス、 ぃタ』



ハハコモリがそう言ったのをレッドは聞いた。

やはり目は白く濁り、正気ではない。ソレは人形のようにカクカクと動き、アヤを見ていて。彼女を食らおうとカチカチ歯を震わせているのを見てレッドは浅く息を着く。

ポケモンは、好きだ。



「(俺はポケモンが好きだ)」



ハハコモリがアヤに向かって手を伸ばすと同時に、森の奥から音もなく放たれた雷の矢が直撃し、その腕が消し飛んだ。

レッドのピカチュウだろう。電気を細く絞り上げ、狙った方向にただ撃っただけだ。
まあ、普通のピカチュウには出来ない芸当だろうが。



「(俺は、ポケモンが好きだ)」



自分はポケモンが好きだ。

小さな時から。

人間よりも好きだ。

けれども数多の研究所を潰してきて、沢山のポケモンの死体を見てきた。心が痛かった。凶暴化されて自我を失ったポケモン達とも戦い、その末に死んだ彼らも勿論数多く居た。

死んで行く度に。やむを得ず討伐する度に。

心が、痛い。

今まで無惨に、人間達の手で望まぬ死を強制されて死んで行ったポケモン達に黙祷を捧げながら、次はどうか良い人生を。そう願いながらその魂を送り出した。憐れな彼らに、せめてどうか安らかに眠って欲しい、来世こそ幸せになれますように。

そう思いながら。

ポケモンが好きだ。



「………、………」



そんな自分が、初めてポケモンに対して強烈な殺意を持った。

アヤを明確な殺意を持って殺されそうになったからだ。

ゾロアの時とは比にならない怒りの感情だった。

この時、初めてレッドは大切なものを奪われそうになった時、それを奪いそうになったのが人間だろうがポケモンだろうが、彼は簡単に暴力を振るい命を奪えるものと知った。

自分の一番大切な人間が殺されそうになった。

自分から大切なものを奪おうとした、その対象を。

彼は、自分が躊躇なく報復できる人間だと知った。


だからペンドラーに対して一切の同情なんてせずに蹴り飛ばした。彼の人間離れした威力を伴った蹴りはペンドラーの骨を砕き、内蔵を破壊した。死んだか、と思ったが、そもそもこのペンドラーには蹴る前より“生きた気配はしていなかった”のだから、関係はなかった。
そして、このハハコモリも。生きているんだか死んでいるんだか。何かに支配されたように、まるで何かに操られるようにカクカクと、キリキリと人形のように動くそれ。

普段だったならばポケモンに同情をする筈だった。

普段だったならば、この現実的でない異様な雰囲気の原因を探る為、既に根源を先に探っていた筈だった。


けれど、今はそんな感情、欠片もわかなかった。

彼女を喰われ殺されそうになった怒りで、先にこいつらに粛清を与えねば気がすまなかった。



気が付けばピカチュウはそこに居た。

腕を消し飛ばされた反動で地面にひっくり返ったハハコモリのもう片方の腕を脚で踏み抜き、破壊したレッドを見て思う。



「(なんだ、殺せないのかと思ったら。ちゃんと“殺せる”じゃん)」



アヤを拘束していた糸は、レッドが触れればそこから燃えて塵となって消えていく。グラ、と倒れそうになった体を抱き留めて、レッドは立ち上がった。

アヤの体を大切そうに抱えていたが、相変わらずその顔は殺気で満ちていて。



「(あはっ)」



殺意満々じゃん。やるじゃん主人。

なんて思って、ピカチュウは仕上げと言わんばかりにハハコモリの頭部を己の電気で焼いて、跡形もなく消し飛ばした。








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「……アヤ、アヤ」

「ッ!!」



そう言われて、肩を揺すられたアヤはハッとして体を飛び上がらせた。
意識が飛んでいたのだろう。気付いたら木に寄り掛かり、目の前には自分がよく見知った男の顔があって、心配そうに己の顔を見ていた。そこにはピカチュウや先程の青と黒の体のポケモンも大人しく座ってアヤ達を心配そうに見ている。

レッド、と呆然と呟くように言えば心底安心したように溜息をついて、彼は「…良かった、」と羽虫を噛み潰したかのように言った。アヤは思い出したように慌ててキョロキョロとしながら当たりを見渡すと、レッドに頭を撫でられながら「大丈夫だ、もう何もいない」と言われて徐々に落ち着きを取り戻していった。

改めて周囲をゆっくりと見ると、そこには大勢のレンジャーとジュンサー、ジョーイがおり、食い荒らされたポケモンの遺体を検証し、そして正しく“処理”するために箱に入れられたポケモン達が運び出されていく。この後火葬されるのだろう。
そしてアヤの知らない所で食われた人間の遺体、木に吊るされた食料となった数人の遺体はジュンサーと医師によって既に回収された後だった。

レッドによって報告されたその現場は、既に収束されつつある。

あとは現場に居た者へ直接何があったのかを聞き取り調査を行って、終了するだろう。因みにレッドに助けられた子供はジュンサーに既に保護されている。目が覚めたら軽く事情聴取が行われると思うが、アヤからは自分が聞き取ると言って、下がらせた。ジュンサー達もまさかリーグ管轄の者が、まさかバトルマスターがこの場に丁度居合わせていたなんて思わなかったのだろう。
多少驚きはしたが、宜しくお願いします、と一声かけてジュンサーは持ち場へ戻って行った。

レッドは改めてアヤを見る。

砂埃や土で汚れた身体に、そして襲い来る敵からアヤを守り続けて戦い、傷を受けてボロボロになった進化したであろうオシャマリ。即死級の重い攻撃や毒を受けた瀕死状態のオシャマリと、そしてアヤに抱えられ、もう見るからに身体の損傷が激しいまだ辛うじて息があったチュリネはジョーイに即預けられた。

二匹の容態を見て「……酷い。直ぐにセンターに帰って治療を開始します。お預かりして宜しいですか?」と聞くジョーイに「宜しくお願いします」と頼んだのはレッドだ。ピジョットに乗ったジョーイはその間にも二匹に簡易的な応急処置を施しながら、急ぎライモンシティのセンターへと戻って行ったのを見届けて、考える。

アシマリがあそこまでボロボロになり、必死になってアヤを守った末にオシャマリへの進化を余儀なくされた戦いだったということ。それはこの周囲の野生ポケモンの遺体の数を見れば分かることだったが。



「何があった」



あれだけ一人で勝手に居なくなるような行動を控えるように伝えたアヤが、何を思って行動したのか。

その理由が知りたい。

それを聞くことにした。







救難


どうでもいい。自分が大切だと思うもの以外。

どうなっても。








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